2017年02月07日

相続でもらった家は「考えること」が多いよ

不動産を相続で受け取るとは「後々の苦労がけっこう多い」というおはなし。

私は2年前に亡くなった母親が住んでいた築30年超の古家?を相続でゲットしました。私には兄弟がもう一人いるので「お金を受けとるか、それとも家を受けとるか」を話し合った結果、子どもがいる私が「子どもの東京暮らし」の役にたつだろうと、東京にある親の家を相続することにしました。

その家に私の子が暮らしはじめ、約1年が経った昨月のこと・・・
「おとうさん!一階のトイレが、なんか詰まったみたい・・・」と電話がかかってきました。「スッポン(詰まりとり用のラバーカップのこと)でシュポシュポやってみろ!」と私は言いましたが、結局直らなかったようで、二階のトイレを使って事を済ませることにしたみたいで「そんなのアカンやん!」と私は懸念しました。

それから二週間後、また電話で・・・
「二階も詰まった!ヤバイかも」
詳しい話を聞くと、一回目に流したときには流れるけど、たて続けに二回目を流すと便器にちょっと色味がある水が溜まるのだそうです。
「きっとそれは排水パイプの下の方で紙とかが詰まっていて細くなったから、一回目は水やオシッコがパイプ内に溜まるけど、二回目はパイプ内に収まらなくて溢れるのだ」と私が「詰まるしくみ」を解説したら、子は「なるほどね!」と感心していましたが、私はそのぐらお想像できるようにならないとアカンと思います。

とりあえず、パイプフィニッシュを一本か二本分、流し込み、さらに熱いお湯を注ぎ込んで詰まった紙やその他固形物を溶かす作戦に出てみろ、と指示しましたが、それを実行したかどうかが分かる前に「修理業者を呼んで直してもらった」と連絡が来ました。

修理業者が言うには、パイプの構造に問題があって、傾斜がついていない区間で詰まったのだそうです。
さらに、パイプに穴があいていて、そこから水やオシッコや固形物が溶けた「エキス」がたらーりと地面に浸み込んでいる可能性が高い!と指摘があったそうです。
どうやって業者は「穴があいている」と判断したのかは分からないけど、
そういえば「あの家は夏になると居間でアンモニアっぽいニオイがするなぁ・・・」と家族の間で話題になっていたから、もしかしたらその原因はトイレパイプにあいた穴かもしれないです。

最初に一階のトイレで詰まり症状が出たから、地面付近のパイプおそらく地中部分で穴があいているものと思われます。だから急激な激しいニオイではなく、夏になると地中の温度が上昇して、それとともにあのニオイも蒸気となってさまよい出てくるでしょう。

以前から掃除で床下を覗くたびに、なーんか湿っているムードが漂っていました。
それにカビのニオイがしていました。関西にある私の自宅は築20年をもうすぐ迎えるけど、湿っぽくもないしカビ臭くもないのに。。

この違いは、きっとトイレパイプにあいた穴から床下全体を湿っぽくさせるだけの水分が
毎日供給されているからだろうし、その水分にはオシッコや固形物から抽出された「栄養分」がたくさん含まれているだろうから、床下のカビ菌を期待以上に増殖させた結果なのかもです。

だとしたら、やっぱりリフォームを急がねば!
結局、このように、親から相続した家が古いとリフォームするか大規模修繕が必要になるから「お金」がかかるのです。腕に覚えがあるならば自分でリフォームする「リタイア後の楽しみ」にもなりますが、残念ながら私の子は、私の腕前を信頼してくれません。おそらくリフォーム費用は1000万円に上るでしょう。

これを防ぐために簡単に思いつく「いっそ家を売ってしまえー!」の解決策は、かなりの税金がかかることが相続後にネットで調べて初めてわかりました。

親が住んでいた家は、昔に親父が50万円で買いました。それが今では路線価で1800万円しますから売った場合50万円の「仕入れ」で1800万円の「売り上げ」以上になるため、仮にその額で売ったとしたら「儲け」は1750万円出たことになり、1750万円の20%の350万円が税金でお上に持っていかれるのです。

ちなみに関西の私の自宅は5000万円で買ったものが今では2500万円に「損」しているので売っても税金がかかりません。このような理由で古家を売るのはお金「税金」がかかるんです。

その他に家を持っていると、固定資産税が私の場合は年に約7万円かかり、火災保険が3万円かかるので、年間10万円が毎年安定的な経費としてかかります。

お金の他にも、庭に勝手に生える雑草を刈るのもけっこうたいへんな労力。まあ不動産を相続するよりお金を相続した方が、それを元手に株式取引で増やすなどの「運用」ができます(私の場合はちょっとだけ相続したお金を株の資金にあてて少しは増やせています)から、お金の相続の方が「ラク」なことは間違いないです。

でも、子どもが一人で部屋を借りて東京にずっと住む場合には、
月に家賃8万円ぐらいのUR住宅の場合でも40年間借り続けたら3840万円かかります。

一方、1000万円かけてリフォームして、年間10万円の固定資産税と火災保険料を40年間払い続けたとしても、合計で1400万円ですから、やっぱり苦労はするけど部屋を借りる場合と比べたら、相続した家を活用する方がまだ安上がりになることも間違いなさそうです。

その費用1400万円、は私の子が低金利時代の今の時期にローンで借りるとする意見が、我が家では「そうあるべき」と妻は主張しています。

ただ私の意見はちょっと違って・・・
「俺が1400万円の費用を出すから、それで大きく減ってしまう私の老後の余裕資金を、子どもが代わりに貯めて欲しい!」と言っているのですが、これがなかなか真意が伝わりません。
子は「自分が貯めたお金がお父さんが死ぬまで使えないのは嫌だ」と言います。

私がそうしたい理由は・・・
余裕資金は多分大部分が使われずに残るだろうから、私が死んだ後にそれを子が相続するより、最初から子名義の貯金だったならば、相続手続きが要らないし、相続税がかかる心配も解決できるじゃないか!ということなのです。おまけにいかに低金利と言ってもローンを組むのは金利を払う「もったいなさ」がつきまといます。

なかなかそれが理解されません。
どうも子どもは自分のお金でお父さんに口出しされずに好き勝手にリフォームしたいようで、妻は「子が住む家に親がお金出したら、いつまで経っても自立しないじゃない!」と言っています。

そんなこんなで、
家を相続して引き継ぐことは、毎日考えることができることになります。


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タグ:家を相続
posted by 大庭夏男 at 11:46 | Comment(1) | TrackBack(0) | リタイア後のお金のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

見直す価値がある「井戸端会議」というもの

この間まで町内会は楽しいこともあるけど、町内会は無くても済むとか、役員は不満だらけだとか当ブログに書いてきました。
それは今もあまり変わりはないのですが、今まで「こんなのダメだ」と思ってきた町内会の会合が、実はその価値を見直してもいいのではないか!?と思いましたので記事にすることにしました。

そう思ったキッカケは、過日開かれた時期町内会役員決めの会合でした。

町内会にはだいたい8割ぐらいの住民が町内会費払って入会していますが、ほとんどの人は役員をやりたがりません。町内会費を二倍払って役員免除になる制度を導入してらどうですか、と言う人も居て、私はこの意見に同調します。それなら町内会をいっそ脱会したらとも思うのですが、そうしたらなーんとなく村八分になりゃしないか?とか、仲間に入って行けないかも?という不安感が働いて会員にだけはなっているお宅が、我が町内会ではほぼ全員と言って過言でもないでしょう。

そういう町内会で来期の役員を決める会合がありました。
出席した時期役員の候補者は半分ぐらいがいわゆるお年寄り。年金受給世代のリタイアメントです。足腰弱いとか、体が痛いとか、言っている声が聞こえていました。

「どうせジャンケンかあみだクジで決めなきゃならんだろう・・・」と想像しましたが、いざ会合が始まったら「それじゃ嫌だ」「自分は勤めているから重い役職はできない」「あたしはパソコンができないから」「俺は高齢者でもう免許を手放した」などなど「自分が抽選で町内会長になるのはできない」とか「運動会実行委員だけはカンベンしてもらいたい」と注文がたくさんついて・・・さあ困ったことになりました。

私の勤めた前前職日系製造業の会社では、こんな個人のワガママは絶対に聞いてもらえませんでした。「組織で個人の都合など関係あるか!バカ!」みたいに一蹴です。
前職外資系IT会社では、個人の都合を上司は聞いて多少は考慮もしてくれましたが、結局は「いろいろ検討したけどアンタしかやる人が居ないんだ。頼むね!」となりました。

だから町内会でもみんなやりたくない人ばかりなのから、結局抽選で公平に決めて、決まった人は諦めてやる・・・こんな具合に進むだろうと「お気の毒になぁ・・・」ともうすぐ任期終わりの私は高見の見物しておりましたら・・・

抽選ではなくて、話し合いで決める!という流れになってきました。このまま「できません」と主張している人が抽選によって機械的に「できないけど、やるしか道が無い」みたいな理不尽な結果になりたくない!と何人もが言い出したからです。特に上述のリタイアメント世代の方々の顔が険しいです。

それから長い長い話し合いになりました。町内会の会合は今回ばかりでなく、いつももっと早く決められるだろうことを、あーでもない、こーでもない、と話ばかりしてるのがいつも。さらに話題が脱線しておよそ関係ないところに進んでしまい、司会役の役員が「まあ、そういう話はまたあとですることにして・・・」と軌道修正することがしばしばです。この日の役員決めも、自分がいかに日々の暮らしに精一杯なのか、そういう話ばっかりの井戸端会議へと発展していきました。

ただ、時間が経つとともに、今期の町内会長や役員が「何とか決めてよ!」と説得を試みたり、「やってみたら意外と、こんなあたしでも一年できたのよぉ」とか「案ずるよりやってみたらけっこう楽しかった」など時期役員候補を持ち上げるような雰囲気になってきたところで「じゃあ町内会長はムリだけど副会長なら」と、立候補する人が出てきました。こういう人はまだ若い現役世代の方々。さすがに若いと機転が利きます。早く次善策に立候補した方が勝ち!と戦術を決めたのでしょう。逃げ遅れたのはリタイアメント世代の方々。

「アホやなぁ、こうなったら早く立候補しなさいよぉ」「ほらほら○○さん、何も立候補しないと町内会長になっちゃうやない」などと私の隣の人は小声でモヤモヤを語っています。でも高齢者の○○さんは困った顔して座っているだけです。

そうしたら「じゃあ、あたしはこの役なら引き受けてもいいけど、町内会長は絶対ムリだから」とか、激しい主張合戦の様相になってきました。「あたしも困るから・・・」と○○さんも反撃。「まあまあ、そう言わないで・・・」という今期役員で今まで大人しかった人も発言し出すなど、いよいよ会合に火がついて燃え上ってまいりました。

結局、ほぼ全員が何かしゃべり、最後にはたぶん話し合いの流れを納得したのか。「じゃあ、そういうことなら・・・」と『たぶんあの人がなるだろうなぁ』と私が予想していた人が町内会長を引き受けることになりました。

実にめでたしめでたしの結果です。

結局他薦や諦めもあったけど、全員が話し合いで議論を繰り広げて、長い長い時間がかかったけど自分が拾った役割を納得して決めることができた。こんな具合に事が運べたのは、今まで私がバカにしていた井戸端会議方式で会合が進んだからだと思いました。

少なくとも私の勤めた会社ではこんな事は無かったことです。
上司から「オマエやれ!わかったな」 本人は「チェッ・・・クソッ・・・」みたいなことばっかりでしたが、今回の町内会役員人事はこうではありませんでした。

それに、こういう長い長い「あーでもない、こーでもない」が許される話し合いは、たぶん出席している人が満足するとか、楽しめるものではないか?と改めてそんな気しました。

ふつうは、どうでみんな会合なんて迷惑だから「早く切り上げよう」となりますが、早く切り上げるための「要点だけの会議」は、会議自体がちっとも面白くありません。一見無駄話に聞こえる話をすることも許され、たまにはグチを吐くことも許容され、会合そのものが「なんだか楽しい」みたいにできる可能性がある「井戸端会議」は、私は非効率でダメな存在ではなくて「上手な井戸端会議のやり方」もあるのではないか?と思い始めています。

オマケに・・・
町内会はボランティア活動の一種ですが、

“みんなやりたくないのに、参加しなければならないボランティア”というヘンな部類です。
退屈で仕方ないけど、就職を有利にするために進学するようなことと似ているかもしれないです。

そんな気持ちで進学した学校が全然楽しく無かったら授業サボってしまうのと同じように、町内会の会合が退屈そのものだったら、誰が町内会というボランティアやるでしょうか。
こんなことを考えていたら、私が昔、高校時代に、どうやったらクラブ活動に下級生がもっと出席してもらえるようにできるか・・・と考えあぐねた時のことを思い出しました。

リタイアメントになると、子供時代に経験したことや考えたことがヒントになる場合があります。

ただ、私の町内会役員任期があと2か月で終わりになることを思うと、やっと肩の荷が降りる気分です。時期役員の方々、ホンマご苦労さまですねぇ・・・。


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タグ:井戸端会議
posted by 大庭夏男 at 13:58 | Comment(0) | TrackBack(0) | リタイア後の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

けっこう認知度が高かった「卒婚」というワード

私の参加しているボランティア活動、というかそういうカテゴリーになっている実態サークル活動では、参加者の多くはリタイアしたシニアが大半を占めています。まだ働いている世代は週中活動に参加するわけにもいかず、土日は「せっかくの土日」戦士の休息日なので、参加するのが嫌になっちゃうのでしょう。参加者はみんな60歳以降。私だけアーリーリタイアメントの例外的58歳、といったとことです。

それにけっこう女性の参加者が多いので、試しに昨今話題の「卒婚」て、知ってる?って聞いてみたら、80歳近い人までちゃんと「卒婚」が何なのか知っていました。

「卒婚」とは、離婚するのではなく夫婦を維持したまま、お互いが自由に自分の人生を楽しむというライフスタイルを指します。
近頃私の妻の好きなテレビドラマでは、卒婚というワードは出てこないでも「・・・これからわたしは自由に生きたいの・・・」とかいうセリフが耳につくし、離婚届の用紙をテーブルに広げて難しい顔しているシーンを複数回も見ました。離婚はともかくとして、世間の子離れ世代では「親の役割御免になったんだから自由になりたい」意識が密に高まっているものと思います。

だから私の身近なボランティア活動仲間のシニア?女性でも「卒婚」はポピュラーなワードになっているのでしょう。

実際に、私の母親は父が死んだあと、自由になったもんだから、なんだか5歳ぐらい若返ったようになったから、卒婚でなくとも死別でも場合によっては「自由になれた」と開放感を満喫して、それが健康にも良い効果を発揮する可能性はあります。

そういう開放感を生きたまま、結婚したまま達成しようという手法が「卒婚」。でも今はまだ「卒婚て、どうすればいいの?」な人が多いもんだから卒婚しないでガマンしている状態の多数が想像できます。

私の妻も「自由になりたい」と言っていますから、卒婚希望なことは間違いないし、私も妻から自由になりたいですが・・・私の妻には持病があるため卒婚へのハードルは高くなります。もしかしたらリタイアメントの幸福への切り札になるかもしれない卒婚に、どうアプローチしていけばいいのでしょうか。

卒婚ではなくて離婚してしまうという方法で課題を解決した知人がいます。
彼は私の前前職の同僚で、私よりひとつ年上。だからもうすぐ60歳になります。彼から届いた3年ぐらい前の年賀状に「結婚しました」と書いてあったからビックリ!
彼は既に昔から結婚していたハズなのに、年賀状に写る二人並んだ写真には、とても60歳目前とは思えない彼と、もっと若い感じに見える彼女が写っていました。住所も全然違う場所だったから、彼はすっかり生き方を変えたのでしょう。今年も年賀状が届きましたが、その写真を見る限り、やりたい事三昧に見えます。昔の奥様もけっこう美人だったのですけどねぇ・・・。

もう一人の事例は、過去記事でも書きましたが今は60歳を超えた女性です。彼女はひとり暮らししています。旦那さんと夫婦仲は悪くないのですが、なぜか旦那さんはひとりで南の島暮らしに行き、奥様は元の家に住んで女子会三昧?なのかどうかは聞いていませんが、よく外出して、よく旅行に行き、朝寝坊して、お酒も好きで・・・という生活を楽しんでいる、まさに絵に描いたような「卒婚」生活をしているようです。

彼女がなぜそのような別居生活に踏み切ったのかは分かりません、というかプライベートなことなので聞いていません。

ただ別の話の最中に、彼女は・・・
「結婚して15年もすると、べつに嫌いじゃないけれど『飽きちゃう』のよね」と言っていました。

この「結婚して15年」という数字は、私もマジックナンバーだと思います。
私は25歳で結婚しましたから満40歳で結婚15年になりましたが、まさに40歳あたりから「べつに家から会社に通わなくても構わん」と思うようになって、長い間単身赴任生活を続け始めた時期です。だからその頃から私は「妻離れ」が始まったのではないかと思います。

妻の「夫離れ」は最近です。
私が会社を辞めて家に居て、妻は好きな仕事を個人事業で開始してから。妻は私が立派な主夫になってくれるだろうと期待したようですが「何度言っても、何回教えてもちゃんとやらない」と私に文句を言い始め「結局これじゃ私は自由になれないじゃない!」と考え始めたのが夫離れのキッカケだと思われます。

この現象は上述の60過ぎの女性に「卒婚」というワードがポピュラーになっている実態を説明することができそうです。つまり旦那が会社を辞めて、または多少ゆるい勤務に再就職した後、妻は自分の自由を期待するけどスグにそれが不可能などころか旦那が家に居てかえって不自由になった!と痛感するから「離れたい」と考えるのだと想像できます。
ところが伝統的な「離婚」では年金が心配だとか子供が反対するとかの問題が生じます。そこに「卒婚」の概念が解決策として現れたんだから、多くの女性が「卒婚」に憧れるのは目に見えています。

私は上述したように妻には持病があるので離婚とか別居する気にならないのですが、妻は妻のやりたいこと、私は私のやりたいことを追求する方に以前から舵を切りっ放しです。だからこれも卒婚なのかもしれませんが、なにしろ二人による互いに相いれない『やりたいこと』をやるライフスタイルでは、予定や行動や価値観の相違が激しくなって、衝突することが最近増えてしまいました。

でも私は52歳から「自宅に居る暮らし」を始めたので、今60歳前にしてそういう卒婚の副作用が現れているのだと思いますが、まだ何とかして行ける体力と気力が残っています。

はたして私が60を超えて「自宅に居る暮らし」を始めた場合には、いったいどうなっていたのでしょう。それを考えると・・・


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タグ:卒婚
posted by 大庭夏男 at 14:04 | Comment(2) | TrackBack(0) | リタイア後の心境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする