2015年11月27日

12軒の近所を回ってみたら、たった1人だけが健康そうなシニアだった・・・

母の一回忌の挨拶回りで、近所に住む80歳前後の母の友人宅を12軒回ったところ、いかにも健康そうで楽しそうに暮らしている人は、たった1人でした。ほかの人たちは辛そう、悲しそう、あるいは認知症が多かったようで、これが日本の高齢者の縮図だと思いました。
代表的なそれぞれを記録して、今後の参考にしたいと思います。

1人目の高齢者 長年連れ添った愛犬を最近亡くし、泣いてばかりの毎日だそうな・・・
最初の訪問からかなり湿っぽくなってしまいました。ほぼ一ヶ月前に愛犬を病気で亡くし、とても落ち込んでいるご婦人が出てきました。その愛犬は聞くところ14歳だったのだそうで、私のところにかつていた犬が13歳で死んだことを考えると、それより長く生きたわけだから「まあまあ長生きできたね」と考えても良さそうなのに、そのご婦人は一ヶ月毎日泣き暮らしているらしいです。

犬の寿命は十数年だからいつか先に死ぬのは分かっているはずなのに、実際に愛犬の死に直面するとたぶんこうなってしまう人はそう珍しくもないかもしれません。犬がいる生活は楽しいかもしれないけど、反動が犬の死んだ後に来る可能性もあるので、それも覚悟に入れた上で飼うべきなんじゃないのか?と・・・
このご婦人、近所でも「うるさい人」と煙たがられているから一番に訪問したのに、そういう面影は消え失せて、この日はなんだか弱々しい老人にしか見えませんでした。

2人目 「え!お母さん亡くなったの!? いつ? 全然しらなかったよ、あたし」と、いつの間にか認知症でした
2人目も高齢のご婦人。1年前は私の母が急逝したのを聞いて、最初に弔問に来てくれた中のひとりでした。当時、たった1年前までは体は少し不自由だったものの、記憶機能はまだ確かなように見えたのに、昨日はそのようなありさま。
体が不自由なことが認知症を進ませているのではなかろうか?と、これはそのとき感じた仮説です。なぜなら、次の3人目の人は・・・

3人目 交通事故が元で体が不自由。繰り返し何度か同じことを言っていたが・・・
3人目は母の親友の一人で、もう一人別のご婦人Aさんと3人で一緒に公民館の「体操教室」へ通っていた仲間だそう。家が分からなかったから、Aさんに案内してもらいました。玄関の呼び鈴を押して3分ぐらい待つと、やっと扉の向こうで音がしました。Aさんがドアを開けると足が不自由なご婦人が這うように現れました。何年か前の交通事故が元で体が不自由になり、現在は歩けず、しかも旦那さんを亡くして一人暮らしだそうです。
会話はそれなりにしっかりしていましたが、やはりなんとなく認知症だとおもわれました。見かけもかなり老けて見えます。
1年ちょっと前は母と一緒に体操教室に通っていたのに、それから今までの約1年で寝たきりに近い様子。ここから類推すると、人は歩けなくなると急速に体も頭も表情も老化してしまうのでしょう、多分。そう考えると「歩けるように保つ」ことはこれからすごく大事なことのようです。

4人目 上述Aさん。唯一、まだ女性らしく見える健康そうなご婦人
またもやご婦人。しかも2年ほど前に旦那さんを亡くしてしまったらしいです。が、私の母の場合とよく似た現象で、旦那さんが亡くなって急に若返ったように見えると、そのご婦人をよく知る別の人はそう話していました。私の母は「お父さんのストレスで今まで体調が悪かった」と証言していまして、父は私のみるところまあまあ母思いでしたが、それでも母にとってはストレス原因だったみたいでした。どうも同じ現象がこの4人目のAさんにも現れているよいうです。
さらにAさんはまだ体操教室に通っているらしく、別の人が言うには「体操教室は若い男のインストラクターがいるから、お化粧もしていくし・・・」みたいですから、そういう外的要因もAさんを若く見せていることにつながっているみたいな気がします。これはなんだか参考になります。

Aさんによると、最近医者に勧められて息子さんと再び一つ屋根の下で暮らすことになったのが、たいへん不満だそう。これも私も身に覚えがあることです。かつて私の単身赴任で1年間父母と一緒に暮らしたら母の体調を悪化させてしまいました。
一旦家を出た子どもと再び一緒に暮らすことは、とてもストレスを与えることもになるのです。多分その理由は生活パターンが大きくズレてしまったことにあるのではないのでしょうか。

5人目 もはや「頭がおかしくなった」と思われた人が復活していた
またまたご婦人ですが、2年前に会ったときには『この人かなりへんだ』と私はみていました。会話が子どもみたいだし、別の人の話ではときどきよだれを垂らして「食べたいなぁ〜」なんてするし・・・
そんな状態だったのですが、昨日はふつうの感じに戻っていました。

別の人の話では、鬱病だったのが治療により治ったから会話もふつうになったのだそうです。
私はてっきり認知症だったのかと思っていましたが、鬱病が原因だったのですね。これも、そんなことがあるのだ、と記憶しておきたいと思います。

書いてみると全部ご婦人のことばかりでしたが、奥様が80歳代で旦那様が健在なご家庭は四軒。平均寿命から考えてこれは納得ですが、残された奥様が健康だと、そのご婦人は幸せそう。だけど体や頭に問題がある場合はかなり生活は辛そうに見えました。
12件回って旦那さまが出てきたご家庭は一軒だけでした。その旦那さまは健康そうでしたが、この人は昔スポーツを趣味でやっていたのを私は知っています。だから今でも玄関先に奥様と出て来られて、私と他愛無い世間話ができるのでしょう。

以上まとめると、
歳とってからもなるべく元気でいるためには・・・
歳とってからペットに癒しを求めないよう、
後遺症が残るような怪我をしないよう、
せめて寝たきりにならないよう、
だけど一人暮らしを基本に据えて
しかし家に閉じこもってばかりにもならないように、
若者でもそうでなくてもいいと思うけど、魅力ある人がいる場所に行くようにしてよい刺激を受け、
行動がへんになったと指摘されたら医者に行く。


私はあと2年ちょいで60歳代に踏み込みますから、
先人を観察して参考にし、家族や知人に迷惑かけないでいられるようにしたいと思いました。


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posted by 大庭夏男 at 11:06 | Comment(0) | TrackBack(0) | リタイア後の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月17日

今はもう乗らない、夜行バスの思い出

過日、東京の自宅へ行こう!と自分の軽自動車で迷信高速道路を走っていたら、夜行バスに追い抜かされた! なぜか今日思い出したアホらしい話だけど、こんなこと記事にする人は他にいないだろうから、記事化して残すことにしました。

私の自宅は関西にあるけど、相続によってもう一か所、東京に自宅ができてしまったから、月に一度程度、その第二自宅の世話をしに東京へ軽を走らせて行くのです。家賃収集に行くのではなく、ただ空き家になった自宅のお世話に行くだけなのですが、これもセミリタイアメントの私の重要なお仕事。

追い抜かされた夜行バスは、私がまだリタイアする前、現役社員だったころ、実に頻繁に使わせていただきました。東京出身の私は、関西に自宅があるくせに、どういうわけか東京の仕事ばかりがヒットして、単身赴任暮らしの繰り返し。その行き来に夜行バスに乗って颯爽と行くのでした。

「夜行バスは疲れる」と言うけど、軽自動車で関西から東京まで行くのと比べると「どっちが楽かなぁ〜」と思います。寝ると体が痛くなるという点では、寝ないから軽自動車を運転していく方が楽かもしれないけど、総じて夜行バスの方が楽なんだろうなぁ〜と、そんなこと考えながら、もう追い抜かれて姿が見えなくなった夜行バスのことを考えていたら、昔の思い出がよみがえってきました。

今は昔、まだ私が会社員で単身赴任をしていた頃のある日のこと、例によって帰省旅費を浮かそうと、自宅から勤務先の東京に向かう夜行バスに乗った日曜の深夜、その日はたまたま朝寝坊したもんだから全然寝付けませんでした。
それでも翌日は朝の9時から会議があるので『なんとか眠らなきゃいかんなぁ』とボンヤリしていたら、バスはなんだか渋滞に巻き込まれた気配をうっすらと感じました。

走ったり、止まったりを繰り返し・・・
それが延々と渋滞していて、いつになっても軽快に走る様子がありません。『もうどのぐらい走ったのかなぁ』と心配になり、薄目を開けてみると、バスの窓の外には陽射しが見えているじゃないですか!
朝の9時には会議があるのに、までバスは知らない土地を走っている!しかももう辺りは陽がサンサンと降り注ぐ湖の近くを走っているらしい!
『なんじゃこりゃ!?』
窓の外には海のように青い水面と青空が広がり、ここがとても東京に近い場所とは思えないから『ここから東京じゃあ、確実に遅刻だ!』
どうもバスは渋滞で高速道路を走行することを断念したらしく、一般国道に侵入したようです。
道路の上にときどき見える行先案内表示を見ると、これがいったいどこの地名かまったく見当つかない初めて見る地名が並び、向うには高原列車なのか、汽車ポッポが煙をあげてのどかに走る光景も見えています。

『きっとここは信州のどこかなんだろうか??』
だって東名高速沿いには、こんな高原鉄道の汽車ポッポが走っている路線などないから。きっと渋滞する東名高速を離れ、バスは一般国道で信州経由で東京を目指すことに決めたのだろう。そう思いました。でも信州のどこに汽車ポッポが現役で走る路線があるというのだ!?

バスは信州らしき青空の下を走ったかと思うと・・・
突然ハンドルを左に切ってストップし「ここで30分の休憩を取ります」とアナウンスがありました。

すると辺りが急に暗くなり、気がつくとそこは東名高速のサービスエリア。

私は目を覚ましたのでした。

実は私の見た紺碧の湖だか海だかも、高原鉄道も、難解な地名も、全部夢で、いつの間にか眠ってしまったというわけでした。
あの夢は、きっと翌日の朝9時の会議に遅刻したらどうしよう・・・という不安感が、私の夢を操作し、あたかも現実にワケのわからん土地にバスが迷い込んで、絶体絶命!大事な会議に遅刻!なのかのような錯覚を生じさせ、混乱に導いた結果だと思われます。

私が焦ったのは、バスに乗っている夢だったもんだから、実際に夜行バスに乗った記憶のある私には、これはヘンだ!これはきっと夢に違いない!と気づけなかったことです。まったくタチの悪い夢を見たものです。

などと『こんな夢をいつか見たっけなぁ〜』なんて思い出に浸るように瞑想しながら軽自動車を走らせていたら・・・
夜行バスに追い抜かれてから時計がずいぶん進んでいるじゃないですか・・・
この間の、車を運転していた記憶がまるで無いんですね。
愕然。

時間にしてだいたい20分ぐらいだと思うんだけど、もう中央道を走っているし・・・

いったい無意識にどうやって名神から中央高速に入ったのだろう? なんでこうなるんだろう???

実は会社を辞めて自由な時間の暮らしになった後、こんな「白日夢」見るみたいに空想だか妄想の世界に入り込んで我を忘れ、ついでに時間が経つのも忘れてしまうことがたびたびあるんです。

あんまりボケーっとしないように、とは心掛けているつもりなのですが。。


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タグ:夜行バス
posted by 大庭夏男 at 14:52 | Comment(2) | TrackBack(0) | リタイア後の生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月13日

「他力本願」も、使える戦略だったことがわかった

前回「いぬ友」の記事を書いたあとで、たまたま知人と会って話をしていたら、
「めんどくさいけど、誰かと一緒に何かやっていると、新しいことに乗り出すことが容易になるよね・・・」と言われて、そういえばそうだなぁ、と気がつきました。

他の誰かに誘われて『しかたねぇなぁ・・・ま、つきあうか・・・』と、気乗りしなかったことに、そのうちハマることが実際にあるんです。

過日投稿した「いぬ友」の話も、私は最初全然乗り気ではありませんでした。
海外旅行したいのに、その資金を国内旅行の、それも近所の、しかも犬という面倒な動物連れての旅行なんて・・・と、シブシブ妻の言う通りに従いましたが、これがけっこう楽しかった!

知人もひょんな人づきあいをキッカケにカフェを始めることになって、今はその開店準備が楽しいと言っているのですが、以前は当時の仕事と全然関係の無い仕事を「この歳で始めるのはちょっと・・・」と思っていたらしい。それが“ひとづきあい”の結果、そういうのもアリだなぁ、と志向が変わった、と、そんな意味合いのことをボソッと言っていました。

当ブログでは、かねてよりリタイア後には“やりたかったことをやったらどぉ?”と繰り返し書いていて、その「やりたいこと」の中には、自宅に閉じこもって独りで取り組むこと”も入れてあって、私自身もそういう「単独行」をベースとしたライフスタイルを続けています。

「でも、それではダメで・・・」と書く気はさらさらありません。

独りで取り組むライフスタイルには、10%ぐらいは、面倒でも、あまり気が進まなくても、無駄かもしれないと思っても「自分と全然違う生き物」みたいな考えの他人がいる集団に、ときどき出入りしてみるメリット大きい!と言えます。
そんなことを再発見しました。

【問い】もしリタイア後に、ほとんど他人と関わりなく生活してしまうと、どんな暮らしぶりになるでしょうか?

【回答】毎日同じことばっかり繰り返す生活になるのです。

自分の好きなこと、楽しいこと、やりたかったことを毎日繰り返すのは「なんて素敵な暮らしなんでしょう!」と思うハズ。実際、これにハマると、もはや他のことはどうでも良くて、関係なくて、朝から晩まで毎日毎日それを繰り返すことになるでしょう。それがたとえ大学院に通って好きな古典文学の研究をするというような高尚なことでも、夕方に路地裏を徘徊して独り酒を極めるような粋な趣味でも、そればっかり生活になり易いです。大庭夏男の場合は、ブログ更新ばっかりの日々。

毎日こういう生活にハマると、もうその生活を乱すものが無いのがリタイアメント生活の特徴です。奥様はたまにそんな暮らしぶりをグチることがあるけど、もう長年連れ添った仲ですから口では「はいはい」と気の無い返事しておいて、実際は何も変えません。

何も変わらない毎日は・・・
1年間続くと完全にマンネリで、居心地がいいけど、変化に乏しくて時間が経つのがやたら速くて、偏見が強まり・・・他人と接するのが苦手になって、結局はほかの人達に歓迎されない気難しいつきあい難い人となってしまう可能性が高いと、自分を考えるとそんな心配が起きます。

だけど、「独りで何かに没頭するのが好き」であれば、
遠慮なく9日間はそうして、
残りの一日は“仕事だと思って”気が進まないかもしれないけど、他人がたくさんいるところへ出向き、会話してみることが、新しいことを始めるキッカケに出くわす、可能性づくりをすることになります。

一番かんたんなのが・・・
私が「いぬ友」旅行したように、奥さんに“連れて行ってもらう”のがいいと思います。

それに、地域のサークルの行事に出てみるのもいいでしょう。これが次にかんたんなこと。
ただ、このサークルは、私の経験では「やってみたい活動内容」というキーワードではなくて「感じのよさそうな集まり」で探した方が良い結果を生みます。

「感じがいい」サークルは、また参加してみた気になるし、やっている事が今まで自分でやってみたかった事と違うことの場合が多いから、その中から“新しく興味が湧くこと”が出てくるからです。

いろいろ書きましたが、結局言いたいことは・・・
会社生活が無くなるリタイアメントは、退職直後こそ「あれもこれもやって楽しもう」と思うけど、だんだん毎日することは同じことになってマンネリ化するから、そういうマンネリ状態を打破するためには、他人と無理やりにでも少し関わって「他力本願」で新しい興味を発掘するといい!
ということです。


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タグ:他力本願
posted by 大庭夏男 at 11:49 | Comment(0) | TrackBack(0) | リタイア後の心境 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする