2012年11月30日

アーリーセミリタイヤメントのフツウの一日

過日、リタイヤメントが遭遇するかもしれない「退屈」のことを記事にしたので、今回は私の一日の生活を書いてみたいと思います。
おそらくこれを読んだ多くの方々は「なんて退屈そうな一日なこと!」と思うことでしょう。反対に一部少数の方々は「これならできる」と思うかもしれません。

私の朝の目覚めは午前8時、起床は9時です。
8時になると早寝早起き型のため既に起きている妻がコーヒーをベッドサイドまで持って来てくれるので、モゾモゾと動き出し、ベッドの上に半分横になりながら1時間かけてそのコーヒーを飲みながら考え事をしています。一日の間でここが一番頭の自由になる時間帯なので、今日ブログに書こうと思うこと、あるいは最近始めた電子書籍などの原稿アイデアは、だいたいこの時間帯に思い浮かぶことが多く、私にとっては大切な1時間なのです。

妻の持って来てくれるコーヒーはインスタントコーヒーの、しかも業務用量販店で買った安物です。朝一番は空腹だからそこにいきなりきついコーヒーは気分が悪くなりますが、この安物インスタントコーヒーは、ホントにコーヒーなのかどうか分からないほど胃に負担が無いので気に入っています。コーヒーの味は僅かにします。

この時間帯にはいろんな事を考え、さまざまな空想を思い描きますが、まさに夢を見るようにすぐに忘れてしまうので、傍らに置いたメモ用紙、これも不要な紙の裏ですが、ここにメモしておくことにしています。

9時になったら起き上がり、居間に降りて行き、妻といっしょにテレビで朝のニュースショーを10時まで見ながら朝食をとります。私の朝食はごく簡単で、茶碗にご飯を入れ、その上に納豆を置いて、それを食べておしまいです。3分ぐらいで朝食は終了してしまうので、茶碗洗いの後は「とにかくテレビを10時まで見る」のが日課です。
テレビ番組の内容はニュースでありさえすれば何でも良くて、内容自体は何でもOKです。それを見ている間に頭の中が夢うつつモードから、ちゃんと起きているモードに変わるような気がするので、毎日こうしています。

10時から12時までは2階の自室、ここは元々納戸だったのですが私が自分の机を置いて作業場にしたところで、ここに“通って”パソコンを立ち上げ、コーヒーも用意して作業開始します。作業とはまずメールチェックから始め、次に為替と株の動向を調べてもし手を打つ必要があれば証券会社のサイトを開けて売ったり買ったりという運びです。
でもそういう事は30分で済んでしまいます。
これが済んだら、ブログ書きを始めます。私はブログを現在は約60本立ち上げていますが、実際に更新しているのは数本です。以前は十数本をひっきりなしに更新していましたが、FXをやったり電子書籍などの執筆を始めたら、ブログを書く時間が少なくなってしまいました。ブログは楽天などの広告収入を得ることが目的のひとつですが、60本を立ち上げていると、毎月サラリーマンだった頃の40分の1ぐらいの収入があります。まあすずめの涙ほどの金額ですが。。

12時になると妻が階下から「ご飯ができたよ~」と呼びますから、居間に降りて行ってランチをします。ランチは妻が料理したものなので、朝ご飯のように3分で食べることはしません。10分くらいはかけてゆっくり食べます。今はまだ大学生の子も家に居て、もう卒業単位は全部取ってしまったからと、最近はあんまり学校へも行かないので、一緒にランチします。

それが済むと、私が皿洗いと家中の掃除をします。以前は家の中で犬を飼っていたので掃除はたいへんでしたが、最近はそれも死んでしまったので、あまり手間もかからないようになりました。犬の死んだ事は寂しいですが、手間がかからなくなった事はよかったです。ベッドメイキングや風呂掃除も含めて30分くらいかけて、日課の掃除も終わりです。

13時から15時までは買い物か散歩に出ます。買い物は週に一回、買い物メモを持って、車で地域内最安値のスーパーに妻と買い込みに行きます。だから毎日買い物には行きません。買い物に行かない日は、雨が降らず、妻の外出予定が無ければ2時間程度の散歩に出ます。およそ45分歩いてかかるところに大学キャンパスがあって、そこの学食に行き、コーヒーを飲んで戻って来るのが日課です。でも自分ひとりで散歩することはないので、妻がボランティアで外出する日はまた自室に移動してブログを書きます。

15時から18時は集中的にブログか電子書籍などの原稿を書いています。ただ毎日こればかりだと、時に飽きるし、書くネタも思いつかないこともあるので、たまにひとりで街中を歩きに行くこともあります。こういう外出は妻とは行かないでほぼ必ずひとりで行きます。誰かに会うこともしません。私にとってはそれが一番気分良いからです。

18時から夕食、入浴してその後は22時30分ぐらいまでテレビの旅行番組かニュースを見ながらお酒を飲んでいます。お酒は元々好きでしたが、リタイヤ生活を始めてからはあまり飲みたい衝動がなくなりました。ストレスが減ったからでしょう。多分ストレスが飲酒を楽しくするのではないかと思うようになりました。だからリタイヤしてからは飲まない日も結構あります。でもこの時間帯は一日の間で一番ホッとする時間帯であることはサラリーマン時代とあまり変わらないです。お酒を飲んでも飲まなくてもテレビを見る時間はなぜか必要なのです。見る番組は前述したニュースのように“その場限りで完結してしまう”ものを見ます。連続ドラマのように毎回見なければならない番組は不自由を感じるので見ません。

22時30分になる頃には早寝早起き型の妻はもう寝てしまっていますので、私はまた自室に移動してパソコンのスイッチを入れます。でももうブログや本は書きません。というか、お酒を飲んだら長い文章が書けなくなるので、もっぱらコメントを読むか書くか、あるいは他の人のブログや株や為替のサイト、海外旅行サイトなどを眺めていることが多いです。なぜかこの頃になると為替相場が動いていることが多く、酔った頭ではイカンとは思いながらFX取り引きをする事があります。そうなると長丁場になってしまい、午前2時頃までパソコンの前にへばりつくようになってしまいます。

ただ株もFXもヘビートレーダーでなどではなくて、ボチボチしか手を出さないから損はしませんが、利益が出ても月平均したらブログの広告収入と同じぐらいの、サラリーマンだった頃の40分の1ぐらいの収入という感じです。

これが私のフツウの一日の生活です。フツウでない生活は、旅行に出かけたり、里山再生のボランティアで一日山ごもりしたりする日の事を指します。このようなフツウでない日は、数えると年間90日程度ありますから、大体年間の4分の3はフツウの一日の生活を送っていることになります。つまり4分の1が社交の世界で、4分の3が巣ごもり暮らしという感じです。

私の場合は社交の世界にしても、誰と会うかはほとんど予定もいらない“一期一会”で済み、巣ごもり暮らしはそれこそ自分だけの都合で何とでもなるから、他の人とあまり同調しないで生活できるので、日課として続けられるのだと思います。
元々そのような生活が好みだったので、リタイヤ後には自然にこんな生活に落ち着きました。しかしこの生活スタイルを多くの人が「それでよし」とできるかどうかは分かりません。合う合わないはあるでしょう。

誤解の無いように書いておきますが、私は人に会うことは嫌いではありません。“この人なら”と決めた相手とはいつでも会って話しをしたいと思うし、一期一会の“距離を置いた出会い”も歓迎です。旅行の時はそういう気分です。だから他人と接するのが嫌だからこのような巣ごもり主体生活をしているのではありません。
しかしひとりの時間は私にとっては大事です。私は自分の事は一から十まで自分でやりたいと考える性格なので、そうしているとじぶんひとりの時間が全体の4分の3を占めるようになっているわけです。でも一方では“みんなと一緒に同じところに向かって力を合わせて頑張ろう”という事だけは、もうカンベンです。“リタイヤ”という意味は、私の場合はサラリーマン生活からのリタイヤを指すのですが、そうしたくなった理由はまさにこれです。



サラリーマンからリタイヤする手順

by 大庭夏男
forkN



サラリーマンからリタイヤする手順(実践編 その1) ~いくらあったらリタイヤできる?~

by 大庭夏男
forkN



サラリーマンからリタイヤする手順(実践編 その2) ~リタイヤ志願者がするシミュレーションとは~

by 大庭夏男
forkN

SponsoredLink

posted by 大庭夏男 at 12:05| Comment(20) | TrackBack(0) | リタイア後の生活 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして、

いつもこのブログを拝見させて頂いています。一時期ブログの更新が遅くなったので寂しい思いをしてました。

僕は独身ですが大庭さんと何となく似たようなタイプの人間だと思うので、大庭さんのフツウの一日は僕にとっては理想の一日ですね。僕はブログを一つしか持っていないので、ブログに使う時間の代わりに僕は興味のあることをとことんしらべたり、新しい料理に挑戦したり、株取引のために会社の財務諸表などを見ることに時間を当てたいです。

これからもこちらのブログの更新を楽しみにしています。
Posted by 働く外こもり at 2012年11月30日 20:53
働く外こもりさん、

こんにちは、
>ブログの更新が遅くなったので寂しい・・・
当ブログにいつも訪問いただきありがとうございます。
以前に比べると最近は確かに更新頻度が下がり気味ですね。週に一度は更新しようと心がけているのですが、それを外すときも出てきてしまっています。
折角いただいたコメントですので、もう少し更新頻度は上げられるようにして行きたいと思います。
このブログ更新を楽しみにしていただいて、本当に嬉しく思っています。

>興味のあることをとことんしらべたり、新しい料理に挑戦・・・
これは良いことですね。「そのうちゆっくり始めようか・・・」では始める前に興味が無くなったりしますから、興味が旬のうちにとことんやっておくことがいいと思います。
昔の私を思い出すと、好きな事を後回しにしたことを後悔させられます。好きな事に今すぐに直接上場するのが一番だと思います。
Posted by 大庭夏男 at 2012年11月30日 23:52
 NHKでも放送されたコロンビア大学特別講義で有名なシーナ・アイエンガーという盲目の女性教授がいます。彼女のテーマは「選択の科学」です。
  我々は普通は常に選択の問題と向き合いますね。結果は必ずしも満足の行かない時もありますが。しかし、選択の少ない人生とはどういうものでしょうか。それは安定しているが「閑」な日々です。大庭さんの日々をみるととてもゆったりとしていますが、選択はそれほど多くありません。そのかわりストレスは少ないでしょう。

 テレビでは有名なマシュマロテストを紹介していました。4歳のマシュマロ好きな子供に「私が帰ってくるまで我慢すれば2個あげる。今食べれば1個だよ」と言って、実験者は部屋から出ていきます。15分後に帰ってくるまで我慢していた子供はどのくらいでしょうか?30%なのです。残りは様々に葛藤し、結果食べるという選択肢をとりました。その間我慢していた子は自制する以外にすることはなくとても長く感じられたでしょう。必ずしも「閑」ではなかったかもしれませんがアリリタ向きかもですね。

 また他人の中で会社生活をしていると、自分の評価が気になります。最近の会社では360度という多方面評価を取り入れているところが増えました。上司、同僚、部下から自分を評価してもらうのですがこれが恐ろしく自分のセルフイメージと異なっています。「自分が思う自己」と「他人が思う自己」が食い違っているわけですね。この時は皆は私の何を見ているのか、本当の自分を理解していないのだなと考えがちですが他人の360度評価結果を見ると自分の考えとよく似ていて評価者は結構客観的だなと感心します。
 会社生活をしているとこの自らが思う自分と他人が思う自分のギャップに戸惑い、ストレスになる場合もありますがアリリタすると家族以外にはこの関係は殆ど消滅します。これを穏やかに捉える人(それなりに自己評価が確立?している)と他人からの評価が無くなり「自分探し」が頓挫してしまい、なんだか退屈だなあと思う人もいるでしょう。

 イソップ童話にすっぱいぶどうがあります。いくら努力してもブドウを取ることができなかったキツネが「どうせあれは酸っぱいぶどうさ」と自らを慰める話ですね。もし、悪戦苦闘の努力の結果そのぶどうが手に入り、食べてみたら酸っぱかったらキツネはこう思うでしょう。「おれは本当は酸っぱいぶどうが好きなのさ。」

 P.S マシュマロテストは1960年代に行われました。10年後のハイスクルール時代の追跡調査によれば我慢した30%の子供は学業、スポーツとも優秀で20年後の調査では大学入学試験の成績が20%高く社会的に高い地位の仕事についたそうです。更にその子供たちも概ねマシュマロテストでは我慢したそうですよ。うーーん、これは何を意味するのか!


Posted by 川ちゃん at 2012年12月01日 09:36
川ちゃんさん、

私は「生活には定型化と、少しの逸脱が必要だ」と考えています。
私の以前はずっと工場の技術者だったので、いつも生産の効率化ばかり考えているサラリーマン時代でした。生産の効率化には作業を定型化することはほぼ必須と言え、生産ばかりでなく、市役所に行くと申請用紙が全て決った書式になっているのも事務作業を効率よくする必要からそうなっているわけですね。

「定型化」するといちいち考えなくても一定レベルまでは“できてしまう”ので、私の記事で紹介したようなフツウの一日のように、生活においても毎日淡々と一定数のブログを書き、コメントも拝読し、FXで毎週ソフトクリームが食べられるくらいの収入を出すことが継続的にできるのだと、私は思っています。

でもこれだけでは、川ちゃんさんがコメントされたように「選択の少ない人生」だけで終わってしまい、面白くないことは言う間でもありません。私もそれだけではとても嫌です。それで私はフツウの日でない残り4分の1を非日常的にする“逸脱”をいつも画策しています。今回の記事にそれはあまり書いていませんが、逸脱とは具体的には、例えば海外旅行を指すのですが、行った先で“思いがけないビックリ”を体験することがこの主な目的です。犯罪に巻き込まれることは避けたいですが、ちょっとヤバイ場所も覗き見してみたいわけですね。こんな場合はフルに五感を働かせて「もうちょっと行ってみるか、ヤバイから戻るか」おっかなビックリ行動を選択しなければならないので、これは後で考えるととても楽しくて、またその場所に行ってみたい衝動に駆られます。

サラリーマンだった頃と、今の私の生活を比べると、会社での仕事が今のフツウの一日に変わり、以前は週末に多少はやった旅行などの非会社生活が、拡大して海外旅行になったようなもので、会社に勤めているかいないかだけが大きく変わりましたが「いつもの毎日」と週末のような「いつもではない日」の組み合わせであることにはあまり変わりは無いようにも思えます。

ただ違うことは、サラリーマン時代には「あ!アレやりたい!」と閃いたことが会社に勤めているという拘束のために実にやり難かったのが、資金さえ許せば自由度大きくできる、ということです。

しかしこんな「あ!アレやりたい!」を実行することは“たまに”です。とても毎日はできませんし、毎朝起きてから「今日は何しようか・・・」ともし考え出したら、きっと憂鬱になるでしょう。そんな憂鬱にならないためには毎日実行可能な“定型的なフツウの日”を送ることは悪くない方法だと考えています。たぶんこれを「日課」と言うのでしょう。

一方「日課」は毎日淡々とできなければすぐ頓挫するので、私は誰の協力も要らない「一人でできること」を日課にしました。人によっては一人で居る事自体が人恋しくなる場合もあるかもしれませんが、たまたま私は子供の頃から“仲間はずれ”には慣れていたため一人で居ることは平気なのです。

マシュマロテストを以前の私が受けていたなら、きっと我慢する側に回ったでしょう。しかし私のサラリーマン生活を思い出すと「先の約束や期待はアテにならんなぁ」と実感していますから、今は「欲しいものは即!」と考えています。そう考えると私は会社での地位はあまり高くなりませんでしたから、結果は当たっているように見えます。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月01日 11:15
適度な選択肢設定
欲求の自然なコントロール


70歳にして、心の欲する所に従えも、矩を踰えず

(自分の思うままに振る舞っても
過ちを犯すことの少ない人生)

そんなフツウの人生を目指したくなってきました。。。
Posted by ss at 2012年12月01日 23:27
60本のブログ立ち上げているとは驚きですね。
セミビジネスのほうのブログで内容の選び方を見ましたが、よく60も出てくるなと思います。

ところで素朴な質問ですが、昼寝はしないのですか?
僕は仮眠や昼寝をしないと、夜12時まではきついですね。
Posted by しいたけを at 2012年12月02日 10:57
ssさん、

>自分の思うままに振る舞っても過ちを犯すことの少ない人生
ssさんのコメントの主旨とは違っていると思いますが「これは難しい」と感じたことがありました。

子供達を町内会でキャンプに連れて行きました。夜はきっと大人もビールなんか飲んでは監督上イケナイだろうとノンアルコールビールを飲んでいたら、子供が「飲ませて!」ときたので、飲ませてあげました。
しかし、これはどうもイカンことみたいですね。社会通念上。。
だから難しいと思いました。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月02日 16:44
しいたけをさん、

>60本のブログ
当初は3年間で100本を立ち上げる目標でいたのですが、もうそんな目標はやめました。他にやりたい事ができてしまったからです。
ブログは今後も書き続けると思いますが、書きたいブログとアフィリエイト収入が得られるブログはなかなか一致しないのでちょっと大変だということが分かってきました。
たくさん立ち上げると収益は確かに上がってくるのですが、労力の割りに収益効率は上がりません。

>昼寝はしないのですか?
家で昼寝することは滅多にありませんが、バスや電車に乗るとなぜかすぐに眠たくなって寝てしまいます。
家で眠たくならない理由は分かりませんが、多分パソコンに向かっているからなのでしょう。
夜もパソコンをしていると眠くはなりませんが、眠くならない代わりに頭が実に動かなくなってしまいます。そうなったら寝るサインです。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月02日 16:52

ノンアルコールビールを飲んでいたら、子供が「飲ませて!」ときたので・・・

プチよいしょ的相互承認の調和型社会では、肩身は狭いかもですね。

だから僕は、半分は匿名的マイペースで動ける都会

半分はプチよいしょ的ウザさ&さびしくない感の田舎やシゴト


といった半都会風に、ほどほどの居心地よさを感じるのかもしれません。
「なんかおもしろそうなことは、ないかなあ」を口癖にして。。。
Posted by ss at 2012年12月03日 03:01
ssさん、

>半都会風
私の理想の場所は、海や森や小川がある街で、しかも“濃厚な人間関係の無い”ところです。そういうのを半都会と称するのであれば、私も居心地が良いと思います。
今住んでいる場所は、そんな感じのするところですが、本当にその通りかどうかは分かりません。
今まで何度か、地元の人付き合いに接近したら、濃厚になりかけて、慌てて離れたこともあります。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月03日 17:37
>
今まで何度か、地元の人付き合いに接近したら・・・

いま、僕はスポーツクラブで
濃厚になりかけて、慌てて離れて
また接近して・・・
ちょうどいい距離感を摸索してます。

意外とむずかしいですが(特に女性との距離感)クラブのダンスでノリノリのためなら、なんのそのです。
Posted by ss at 2012年12月04日 09:39
  かつてアリリタしたとき、柄にもなく「自分とはなんだろう」と考え、精神面からは宗教、物理面からは素粒子の本を読んでいました。

  空海が持ち帰った真言密教とはバラモン教であり、本来の仏教とは違うものとか、インドの宗教改革で北部が法華経、南部が般若心経となり中国を経て我が国に来た時はその姿を変え聖徳太子が法華経について神道との融合を図ろうとしたことなど知りました。(私の解釈ですので違っているかもしれません)またキリスト教の旧約聖書もユダヤ、カトリック、ロシヤ正教はほぼ共通しているが、宗教改革を経たプロテスタントは正典を絞り込んであること、我が国の聖書の大半はプロテスト版なので外典等が含まれていないことを知り驚きました。外典や異典を読んでヨーロッパの名画の背景がが理解できるようになりました。

 大学は理系でしたのである程度の数学は出来ましたが、超ひも理論に使われる10次元解析とか、リーマン幾何学はさっぱりです。それがなければ4つの場の理論はわからないと言われうんうんと苦しんで読みましたが挫折しました。

 「閑」の時間の多くはこうして潰していましたが、やはり物足らない。宗教については自分の理解で良いのか、物理においてはわからない方程式について聞きたくなります。リゾート地で生活をしていたので周りは退職した高齢者ばかりで話は孫の自慢話とかです。こういう環境が「閑」=「孤独」という感覚を募らせたのかもしれません。

 再就職した会社の新入社員は全員理系の博士課程卒なので、こういう現代物理学の議論はとても楽しいですね、教えられるばかりですが。

 大庭さんのようにルーチンの日常生活と、ハレの行事をうまく組み合わせ、夫婦で楽しんでいければそれは素敵な日々だろうとちょっぴり羨ましく思います。
Posted by 川ちゃん at 2012年12月04日 11:24
ssさん、

>ちょうどいい距離感を摸索
以前同僚だったドイツ人は、初対面以外では相手の自分に対する期待をなるべく下げさせるのだ、と処世術を教えてもらいました。
そうするとだいぶ距離は開いてしまうと思うけど、彼が言うにはそのぐらいでよいのだそうです。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月04日 22:21
川ちゃんさん、

>「自分とはなんだろう」と・・・
私の場合は、技術者の道から外れてしまった時期がまだ30歳代半ばだったので、グレてしまいました。
「こうなったらもはや今後は自分の得になるような事しかしないぞ」と考え「会社の仕事はお金のため」をモットーにしていました。
ところが夢は無くなったはずの会社生活では、オフィス生活やアフターファイブの飲み会など会社の生活自体もけっこう楽しいものだったのだ、という事をリストラで辞める直前になって改めて気がつきました。
そんな会社生活は今から思えばルーチンデューティーの生活が半分以上だったと思います。
そういう日々は今も懐かしいです。
30年前の自分が、今の私を見たら「俺の生き方はこうじゃない」と思うことでしょう。アリリタは始まってしまうまで、ほんとに半信半疑でしたので、今も淡々と毎日飽きもせず続いている事は不思議でもあります。
こんな生き方ができるのは、早くから会社の仕事は暇つぶしだと思っていたからなのでしょう。
そういう意味で、私はサラリーマンとしては失格者なのです。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月04日 22:46
  仕事が好きなのか、仕事をしている自分が好きなのか、後者ですね、私の場合は。若い女性で「私は自然のある田舎が好き!」という人がいますが多くは田舎等のナチュラル志向の自分が好きなだけです。それが証拠に、堆肥の臭いや、蜘蛛や蛇を毛嫌いします。

  アリリタ生活もはじめは定年前に自由を謳歌する自分が好きでしたが、飽きました、誰も注目してくれなくなったからでしょう。それを「閑」と感じてしまったのですね。単身生活のルーチンなどたいしたものはありません。家事などは電化製品の発達のお陰もあり並行して行えば1時間もあれば大抵終わりです。

  それで大量の読書をしたわけですが、読むほどに人恋しくなってしまう。今度は孤独を「閑」と感じました。

  サラリーマン時代は睡眠、仕事、通勤で20時間程度使い、自分で何をするか考えるのはせいぜい4時間くらいだったと思います。それくらいだったら退屈はしないし飲んだりすればあっという間でしょう。意外に次は何をしようかなんて考えないものです。リタでルーチンがなければその時間は4倍程度に膨らみそうそう簡単に埋まるものではありません。しかし定年リタならみんなそうだと割り切れますがアリリタだとなんで自分だけがと思ってしまう人は要注意ですね。

  大庭さんのようにある意味ノー天気(悪しからず!)に取り組まれた方が成功率は高いですよ。


Posted by 川ちゃん at 2012年12月05日 11:24
川ちゃんさん、

>仕事が好きなのか、仕事をしている自分が好きなのか・・・
これは良い目のつけどころですね!!
何事も、このように考えてみる価値があると思いました。

私のリタイヤ前は、まさに「仕事をしている自分が好き」だったのだと、今さらにしてそう思いました。なぜなら、仕事自体が好きだったら、もっと仕事に拘り、熱中しただろうに、そうする気もなく、しかし会社に出勤することは嫌とまでは言えなかったです。

アリリタも確かに同じことが言えるでしょう。
川ちゃんさんの場合は「>定年リタならみんなそうだと割り切れますがアリリタだとなんで自分だけがと思ってしまう」とのことですが、私の場合は「自分だけが・・・」と思わない、というか気がつきもしないのですね。
これはまさにノー天気(その通りなのですよ!)の成せる業としか言いようが無さそうです。多分他の人と一緒に、という感覚が私には欠けているのだと思います。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月05日 14:10
>仕事が好きなのか、仕事をしている自分が好きなのか・・・

僕の場合は、仕事や趣味という素材を自分がやりやすいようにカスタマイズすることがすきなようで
それがある程度進むと(やることがなくなる感じで)すきでなくなってしまい
また次・次なる修正点をさがさないと、退屈になります。

自分にできそうで・できたら、、、うれしくなりそうな次が・・・
ネタ切れぎみ&人生の時間切れ感が・・・なんとかしたいもんです。
Posted by ss at 2012年12月05日 17:03
>妻がコーヒーをベッドサイドまで持って来てくれる
>12時になると妻が階下から「ご飯ができたよ~」と呼びます
>18時から夕食、入浴してその後は22時30分ぐらいまでテレビの旅行番組かニュースを見ながらお酒を飲んでいます

 これは羨ます!私は現役にも拘らず、まずこういうことはありません。今も一人ですが結婚以来ほとんど単身赴任生活ですので、たまに我が家に帰っても何のサービスもありません。自分の食事、洗濯はもちろん私がします(妻は昼ころ起きるため)が、普段していないところ(換気扇、風呂のカビ取り等)の掃除も私の担当です。妻は午後は外出することが多く夕食もとってくるので、私一人で作って食べます。これではたまの休みでも余り帰る気にはなりませんね。

 かつてのアリリタも一人で別荘生活でした。大庭さんのように暖かい家族がいると自宅で和むかもしれませんね。私は通常は、一人の方が気楽です。コーヒーを飲みながら好きな宗教画をクラッシクのBGMで眺めている時が至福の時ですよ。ただ「孤独」にも弱いので近くに繁華街のあることが望ましいのですが。

 もちろん65歳以降考えているリゾマン生活も私一人が基本です。しかし、「閑」に弱い私は友人や家族(特に孫)が気軽に来れるところで自然があり尚且つインフラが整っているところ(図書館、特急駅から10分以内、高速ICから10分以内等)は最低条件なわけです。飲み屋、キャバクラ等が歩いて数分のところにあることも外せないですね。




Posted by 川ちゃん at 2012年12月06日 11:47
ssさん、

>それがある程度進むと(やることがなくなる感じで)すきでなくなってしまい・・・
それはそうでしょうねえ。私も同様なことを思います。
仕事や趣味はまさにそういう傾向が強いですが、それ以下のこと、例えば掃除とか皿洗いなどはそんなこともありません。
リタイヤ生活してからは、趣味(はたして趣味なのかどうかもよく分かりませんが)と掃除や皿洗いは混じっているので、趣味が飽きた日には一日中掃除している日もあります。
私の場合はそんな生活スタイルで済んでしまっています。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月06日 14:49
川ちゃんさん、

誤解の無いように補足説明いたします。
私どもは(まあ私の方針なのですが)家事は分担制にしていまして、食事を作ることは妻、片付けと掃除は私となっています。これは徹底していて、妻が外出で遅くなったら私が代わりに食事を作ることはしないで、待っています。反対に多少体調が悪くても皿洗いや掃除は私が全部やります。
こんなふうに家事担当を分けているので、妻がコーヒー持って来たり、「ご飯ができたよ~」と食事の合図をするわけなので、私は妻に過分に働かせているわけではありませんので、その点は誤解無きようご理解ください。

>私は通常は、一人の方が気楽です。コーヒーを飲みながら好きな宗教画をクラッシクのBGMで眺めている時が至福の時ですよ。ただ「孤独」にも弱いので近くに繁華街のあることが望ましいのですが。
私も同じような感覚ではありますが、繁華街に行くことがあっても、一人で飲みに行くことは単身赴任していた頃も無かったので、一人が好きで、かつ川ちゃんさんより孤独好きなのかもしれないですね。
でもそんなに孤独好きという気持ちでもなく、一人が5割、家族と居るのが3割、他の人と居るのが2割ぐらいにしたいのですが、リタイヤしてからは、なかなか家族以外の人と居る事が難しくなったのは事実です。
Posted by 大庭夏男 at 2012年12月06日 15:07
コメントを書く
コチラをクリックしてください

この記事へのトラックバック


大庭夏男の著作


アーリーリタイヤを果たすためには、会社員時代に極力稼げる働き方をすることが大事です。力を発揮できる部署、給料の上がる職種、スキルが磨ける新しい職場、そのような新天地に単身赴任してでも異動することは利点があります。しかし単身赴任にはデメリットもつきもの。筆者が9年間経験した単身赴任のノウハウをまとめました。

<PHP研究所が内容紹介するページへのリンク>

紙の本につきましては品切れのため、電子書籍のみ購入いただけます。

大庭夏男のeBook


夫婦二人で年間200万円のライフスタイル入門

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


趣味じゃない生業でもない「ゆるい起業」

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


リタイヤメントのための知的生活

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


セミリタイヤになるために

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


サラリーマンからリタイヤする手順(実践編 その2) ~リタイヤ志願者がするシミュレーションとは~

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


サラリーマンからリタイヤする手順(実践編 その1) ~いくらあったらリタイヤできる?~

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


サラリーマンからリタイヤする手順

by 大庭夏男 【無料図書】
forkN