2016年01月03日

「一年間続けよう」は、目標としてちょうどいい期間だと思う

昨年の「一年の計」のテーマ骨子は「新しいことを始めよう」でしたが、結果は頓挫だったので、今年の「一年の計」は「既に始めた○○を1年間続けよう」にすることに決めました。この方が努力が少なくて済む低い目標だし、目標は低ければ低いほど達成した喜びが得られる確率が高くなると考えたので、そう決めました。

○○の中身は二つで、ひとつめはスポーツジムに1年間ちゃんと通い続けるというもの。ふたつめは地元自治会の役員を1年間すること。私はいわゆる向こう三軒両隣仲良くつきあう式の町内会活動は目的が不明瞭だからやりたくないですが、ここでやることになった自治会役員とは地域の子供のためのイベント企画と実行が主な仕事なので、これなら目的がハッキリしている活動なので、やってみようと思い、既に昨年末から参加し始めました。

スポーツジムは既に料金が銀行引き落としになっているから「行かなきゃなぁ」と気分的に背中を押されるだろうし、自治会役員はとりあえず最低任期が1年間だから途中でやめられないし、そういう強制力によって大庭夏男の2016年一年の計は達成されるだろうと、期待しています。

今年の私の一年の計は、それで道筋ができたのですが・・・
話しがやや横にずれるけど「継続は力なり」という格言があるけど、継続って今までほとんどできませんでした。

どうも私にはひとつの事を長く続ける能力が欠けるみたいで、仕事でも遊びのカテゴリーでも最長で5年、短ければ1年以内に開始から終焉の1サイクルが終わってしまうことがほとんどでした。長く続いている例外は結婚生活ぐらい。長く続く友人も例外的に15年間定期的に会う人が2人いるだけです。

そんな中で当ブログはほぼ5年経過しましたから、新たな例外になれるのか、もうそろそろ潮時なのか、過去記事を思い出すと、今書いている記事も過去記事のアレンジみたいなのが増えてきたので、これは飽和している状態なのだと感じます。

「物事を続けられないのはダメだ」と、私が小っちゃい頃に親からも先生からも諭されましたが、継続できなかったことで窮地に陥ったことは無かったし、反対に続けてきたことをあるとき終わりにして、次に別のことに向かったことが悪いことでも無かったような気がしています。

「やってみて芽が出ないなら辞めて次を探そう」
こういう態度はいいのか悪いのか疑問は残りますけど「やってみて芽が出たかどうか?」を確認して評価するには1年間という続ける期間が妥当だという気がします。

それより長いと「せっかくここまで続けたのに・・・」というような辞めるときの挫折感が漂うから、やめた方がいいこともやめるのが難しくなりズルズル続けるという副作用が強くなってきます。

私は今までそういう続けることへの警戒心みたいな感覚をいつも感じながら仕事も生活もしていたので、その重石になるような事は避けたいと思っていました。

5年前には海外旅行の楽しさに目覚め、海外ロングステイも始めてみたくなり、偶然にも関西空港で海外リゾートマンションの会員権を薦められて、妻はかなりその購入に興味を持った様子でしたが、私は心のどこかで『いずれこの海外旅行熱も下がってくる、そのとき会員権を持っていれば苦痛になるから買わないゾ』と直感し、まさに最近はさすがにそこまでして海外に旅行したり住んだりしたくない、気が向いたらパッと行ってパッと日本に戻って来る式の個人旅行がいい、に気分が変わってしまいました。

なので・・・
今年の一年の計は、とりあえず1年間は続けようと思いますが、1年経ったら辞めるかもしれません。

スポーツジムは開始から6か月経ったら退会するためのお金は要らなくなるからその点で切れが良さそうです。自治会の役員はそうホイホイ辞められないかもしれないので少し懸念がありますが、仕事といっても一か月に一回ぐらいのことなのだから、極力責任の少ないポジションに居られることを画策し続けながら1年間やって行きたいと思います。

ただ・・・
アーリーリタイアを始めた頃と少し最近が変わってきて「続いてしまっている」ことを感じます。なんだかマンネリ感が日常に漂うんです。だから新しく既に開始したことを続けて、できればそれを軌道に乗せて、少しはマンネリ感を外したいと思うのですが・・・

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posted by 大庭夏男 at 11:17| Comment(2) | TrackBack(0) | リタイア後の心境 | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
サラリーマン現役だった頃は年初は、その年の部門の目標を考えていました。前々職では千人以上を前にして年頭の挨拶をしていたので正月はその推敲でつぶれていました。前職では100人程度でしたからちょっと気楽でした。今年からは全く考えなくてよくてとても幸せです。あんなもの(年頭の挨拶)は聞くほうもしゃべるほうも苦痛ですね。

 プライベートでは最大の問題は終活です。特に墓地ですね。私は次男ですので新たに探さなければいけません。特に男の孫が生まれたからには。私的には散骨でも何でもよいのですが、そうもいきませんよね。

 あとはギターを再びやるくらいでしょうか。その他には具体的な目標はありませんね。しいていえばかわいい孫に月一で会えればよいと思いますよ。


 昨年初めてウオーキングの会に行ったらメンバーからお父さんの代わりに来たのかと言われて意味不明?でした。考えれば、私は還暦越えですが身長は180センチ超で体重は70キロ、髪はふさふさ黒々(白髪はほとんどありません)なせいか現役(60歳以下)に見られるかもしれません。そこで今年は10年ぶりにひげを生やそうと思います。少々貫禄も必要ですね。ヤングギャルは大好きですが2歳の孫娘に勝てるキャバ嬢はいません。もう卒業?いたしました。
Posted by 川ちゃん at 2016年01月06日 19:12
川ちゃんさん、

>終活・・・墓地・・・
私の入る墓は父が生前に建てたものがありますので、とりあえずそこに入ります。妻もそうするのでしょう。ただそれで「おしまい」になる公算が強く、その後の墓メンテナンスは子の負担が大きいと思うので、私の兄弟が死んだ後は共同墓地に集約して構わない、と言ってあります。私自身は墓は必要に感じません。死んだ後は忘れられても全然構わないです。生きている間にどれだけ楽しめるかが勝負です。

私は川ちゃんさんのように頭フサフサでもないし、だけど髪は一応全部揃っています(変な言い回しですが・・・)年齢不詳のように見られるらしく、妻の仕事仲間にも近所の方々にも「まだ勤めている年齢に見えないこともないし、若づくりの定年オジサンかもしれないし・・・」と、かつてはウワサの的だったようですが、今はすっかり話題性も薄くなり、あの人は昼間も家に居る人、と概念が定着したようです。
Posted by 大庭夏男 at 2016年01月07日 17:19
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