2016年02月03日

とし相応なんて、やめちゃえよ

最近始めたスポーツジムで、
着替えをしていたジムのロッカールームで、
ちょい年上の知人が隣に居合わせて、
私が上着とトレーナーと下着を重ねたままいっぺんに脱いだのを見て、
「おまえ、こどもみたいな服の脱ぎ方するなや」なんて言ったもんだから、
「これいいでしょ、簡単に脱げて、着るときも一瞬で着られるし」と言い返したら、
「おまえ何歳になったんや!とし相応にせんと、みんなに笑われるんやぞ」だって・・・

なんでこの人はそんな些細な事に拘るのだろうか?ジムからの帰り道に考えていたら・・・
昔、上司から「その気が無くても葬式は仏式でしなければならない。なぜなら葬式に来る人は仏式以外の作法を知らないから、他の形式で葬式をすると参列者はどうしていいやら分からないから迷惑だ」と言われたことを思い出しました。これが上述「とし相応に」「他人から笑われないように」を理解するヒントです。

多分・・・
誰もが同じ考え方、同じ行動をとっていたならば、「こう来たらこうする」みたいに、何かにつけて面倒の無い生活ができる、こういう考え方が根底にあるでしょう。

だから他の人も自分とまったく同じ行動をしてもらいたい。服は時間がかかっても一枚一枚別々に脱いで逆の順番で一枚一枚着るのが“あるべき姿”で、子供はそれが分かってないから躾ける。そしてとし相応に「こういう場合はこうするのだ」と刷り込まれていく。すると周囲の大人もそれを見て「みんな俺と息が揃った」って思って満足する。やがて親が死んで葬式をする段になったとき、近所や親戚一同の方々は、判で押したように数珠を持参してやって来るのを待ち受けたかのように「この度は、ゴニャゴニャゴニャ・・・」と言う相手に「足元悪い中をゴニャゴニャゴニャ・・・」と返事しながらハンカチを鼻にやり、焼香していただく。

これがすなわちとし相応の態度であり、皆そうすべきである。
『だからわかっただろうね大庭クン、そんな子供みたいに服を重ねたまま脱いだり着たりしたら、とし相応に思われないから、アイツはバカだなぁ、と笑われるんだよ!』
そう言いたいんだろうね、キミは。

「とし相応に・・・」と言いたければ言ったらいいと思うけど、
俺は何も変えないよ。

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posted by 大庭夏男 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | リタイア後の心境 | 更新情報をチェックする

2016年01月03日

「一年間続けよう」は、目標としてちょうどいい期間だと思う

昨年の「一年の計」のテーマ骨子は「新しいことを始めよう」でしたが、結果は頓挫だったので、今年の「一年の計」は「既に始めた○○を1年間続けよう」にすることに決めました。この方が努力が少なくて済む低い目標だし、目標は低ければ低いほど達成した喜びが得られる確率が高くなると考えたので、そう決めました。

○○の中身は二つで、ひとつめはスポーツジムに1年間ちゃんと通い続けるというもの。ふたつめは地元自治会の役員を1年間すること。私はいわゆる向こう三軒両隣仲良くつきあう式の町内会活動は目的が不明瞭だからやりたくないですが、ここでやることになった自治会役員とは地域の子供のためのイベント企画と実行が主な仕事なので、これなら目的がハッキリしている活動なので、やってみようと思い、既に昨年末から参加し始めました。

スポーツジムは既に料金が銀行引き落としになっているから「行かなきゃなぁ」と気分的に背中を押されるだろうし、自治会役員はとりあえず最低任期が1年間だから途中でやめられないし、そういう強制力によって大庭夏男の2016年一年の計は達成されるだろうと、期待しています。

今年の私の一年の計は、それで道筋ができたのですが・・・
話しがやや横にずれるけど「継続は力なり」という格言があるけど、継続って今までほとんどできませんでした。

どうも私にはひとつの事を長く続ける能力が欠けるみたいで、仕事でも遊びのカテゴリーでも最長で5年、短ければ1年以内に開始から終焉の1サイクルが終わってしまうことがほとんどでした。長く続いている例外は結婚生活ぐらい。長く続く友人も例外的に15年間定期的に会う人が2人いるだけです。

そんな中で当ブログはほぼ5年経過しましたから、新たな例外になれるのか、もうそろそろ潮時なのか、過去記事を思い出すと、今書いている記事も過去記事のアレンジみたいなのが増えてきたので、これは飽和している状態なのだと感じます。

「物事を続けられないのはダメだ」と、私が小っちゃい頃に親からも先生からも諭されましたが、継続できなかったことで窮地に陥ったことは無かったし、反対に続けてきたことをあるとき終わりにして、次に別のことに向かったことが悪いことでも無かったような気がしています。

「やってみて芽が出ないなら辞めて次を探そう」
こういう態度はいいのか悪いのか疑問は残りますけど「やってみて芽が出たかどうか?」を確認して評価するには1年間という続ける期間が妥当だという気がします。

それより長いと「せっかくここまで続けたのに・・・」というような辞めるときの挫折感が漂うから、やめた方がいいこともやめるのが難しくなりズルズル続けるという副作用が強くなってきます。

私は今までそういう続けることへの警戒心みたいな感覚をいつも感じながら仕事も生活もしていたので、その重石になるような事は避けたいと思っていました。

5年前には海外旅行の楽しさに目覚め、海外ロングステイも始めてみたくなり、偶然にも関西空港で海外リゾートマンションの会員権を薦められて、妻はかなりその購入に興味を持った様子でしたが、私は心のどこかで『いずれこの海外旅行熱も下がってくる、そのとき会員権を持っていれば苦痛になるから買わないゾ』と直感し、まさに最近はさすがにそこまでして海外に旅行したり住んだりしたくない、気が向いたらパッと行ってパッと日本に戻って来る式の個人旅行がいい、に気分が変わってしまいました。

なので・・・
今年の一年の計は、とりあえず1年間は続けようと思いますが、1年経ったら辞めるかもしれません。

スポーツジムは開始から6か月経ったら退会するためのお金は要らなくなるからその点で切れが良さそうです。自治会の役員はそうホイホイ辞められないかもしれないので少し懸念がありますが、仕事といっても一か月に一回ぐらいのことなのだから、極力責任の少ないポジションに居られることを画策し続けながら1年間やって行きたいと思います。

ただ・・・
アーリーリタイアを始めた頃と少し最近が変わってきて「続いてしまっている」ことを感じます。なんだかマンネリ感が日常に漂うんです。だから新しく既に開始したことを続けて、できればそれを軌道に乗せて、少しはマンネリ感を外したいと思うのですが・・・

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posted by 大庭夏男 at 11:17| Comment(2) | TrackBack(0) | リタイア後の心境 | 更新情報をチェックする

2015年11月13日

「他力本願」も、使える戦略だったことがわかった

前回「いぬ友」の記事を書いたあとで、たまたま知人と会って話をしていたら、
「めんどくさいけど、誰かと一緒に何かやっていると、新しいことに乗り出すことが容易になるよね・・・」と言われて、そういえばそうだなぁ、と気がつきました。

他の誰かに誘われて『しかたねぇなぁ・・・ま、つきあうか・・・』と、気乗りしなかったことに、そのうちハマることが実際にあるんです。

過日投稿した「いぬ友」の話も、私は最初全然乗り気ではありませんでした。
海外旅行したいのに、その資金を国内旅行の、それも近所の、しかも犬という面倒な動物連れての旅行なんて・・・と、シブシブ妻の言う通りに従いましたが、これがけっこう楽しかった!

知人もひょんな人づきあいをキッカケにカフェを始めることになって、今はその開店準備が楽しいと言っているのですが、以前は当時の仕事と全然関係の無い仕事を「この歳で始めるのはちょっと・・・」と思っていたらしい。それが“ひとづきあい”の結果、そういうのもアリだなぁ、と志向が変わった、と、そんな意味合いのことをボソッと言っていました。

当ブログでは、かねてよりリタイア後には“やりたかったことをやったらどぉ?”と繰り返し書いていて、その「やりたいこと」の中には、自宅に閉じこもって独りで取り組むこと”も入れてあって、私自身もそういう「単独行」をベースとしたライフスタイルを続けています。

「でも、それではダメで・・・」と書く気はさらさらありません。

独りで取り組むライフスタイルには、10%ぐらいは、面倒でも、あまり気が進まなくても、無駄かもしれないと思っても「自分と全然違う生き物」みたいな考えの他人がいる集団に、ときどき出入りしてみるメリット大きい!と言えます。
そんなことを再発見しました。

【問い】もしリタイア後に、ほとんど他人と関わりなく生活してしまうと、どんな暮らしぶりになるでしょうか?

【回答】毎日同じことばっかり繰り返す生活になるのです。

自分の好きなこと、楽しいこと、やりたかったことを毎日繰り返すのは「なんて素敵な暮らしなんでしょう!」と思うハズ。実際、これにハマると、もはや他のことはどうでも良くて、関係なくて、朝から晩まで毎日毎日それを繰り返すことになるでしょう。それがたとえ大学院に通って好きな古典文学の研究をするというような高尚なことでも、夕方に路地裏を徘徊して独り酒を極めるような粋な趣味でも、そればっかり生活になり易いです。大庭夏男の場合は、ブログ更新ばっかりの日々。

毎日こういう生活にハマると、もうその生活を乱すものが無いのがリタイアメント生活の特徴です。奥様はたまにそんな暮らしぶりをグチることがあるけど、もう長年連れ添った仲ですから口では「はいはい」と気の無い返事しておいて、実際は何も変えません。

何も変わらない毎日は・・・
1年間続くと完全にマンネリで、居心地がいいけど、変化に乏しくて時間が経つのがやたら速くて、偏見が強まり・・・他人と接するのが苦手になって、結局はほかの人達に歓迎されない気難しいつきあい難い人となってしまう可能性が高いと、自分を考えるとそんな心配が起きます。

だけど、「独りで何かに没頭するのが好き」であれば、
遠慮なく9日間はそうして、
残りの一日は“仕事だと思って”気が進まないかもしれないけど、他人がたくさんいるところへ出向き、会話してみることが、新しいことを始めるキッカケに出くわす、可能性づくりをすることになります。

一番かんたんなのが・・・
私が「いぬ友」旅行したように、奥さんに“連れて行ってもらう”のがいいと思います。

それに、地域のサークルの行事に出てみるのもいいでしょう。これが次にかんたんなこと。
ただ、このサークルは、私の経験では「やってみたい活動内容」というキーワードではなくて「感じのよさそうな集まり」で探した方が良い結果を生みます。

「感じがいい」サークルは、また参加してみた気になるし、やっている事が今まで自分でやってみたかった事と違うことの場合が多いから、その中から“新しく興味が湧くこと”が出てくるからです。

いろいろ書きましたが、結局言いたいことは・・・
会社生活が無くなるリタイアメントは、退職直後こそ「あれもこれもやって楽しもう」と思うけど、だんだん毎日することは同じことになってマンネリ化するから、そういうマンネリ状態を打破するためには、他人と無理やりにでも少し関わって「他力本願」で新しい興味を発掘するといい!
ということです。
タグ:他力本願

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posted by 大庭夏男 at 11:49| Comment(0) | TrackBack(0) | リタイア後の心境 | 更新情報をチェックする


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アーリーリタイヤを果たすためには、会社員時代に極力稼げる働き方をすることが大事です。力を発揮できる部署、給料の上がる職種、スキルが磨ける新しい職場、そのような新天地に単身赴任してでも異動することは利点があります。しかし単身赴任にはデメリットもつきもの。筆者が9年間経験した単身赴任のノウハウをまとめました。

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