2017年01月30日

見直す価値がある「井戸端会議」というもの

この間まで町内会は楽しいこともあるけど、町内会は無くても済むとか、役員は不満だらけだとか当ブログに書いてきました。
それは今もあまり変わりはないのですが、今まで「こんなのダメだ」と思ってきた町内会の会合が、実はその価値を見直してもいいのではないか!?と思いましたので記事にすることにしました。

そう思ったキッカケは、過日開かれた時期町内会役員決めの会合でした。

町内会にはだいたい8割ぐらいの住民が町内会費払って入会していますが、ほとんどの人は役員をやりたがりません。町内会費を二倍払って役員免除になる制度を導入してらどうですか、と言う人も居て、私はこの意見に同調します。それなら町内会をいっそ脱会したらとも思うのですが、そうしたらなーんとなく村八分になりゃしないか?とか、仲間に入って行けないかも?という不安感が働いて会員にだけはなっているお宅が、我が町内会ではほぼ全員と言って過言でもないでしょう。

そういう町内会で来期の役員を決める会合がありました。
出席した時期役員の候補者は半分ぐらいがいわゆるお年寄り。年金受給世代のリタイアメントです。足腰弱いとか、体が痛いとか、言っている声が聞こえていました。

「どうせジャンケンかあみだクジで決めなきゃならんだろう・・・」と想像しましたが、いざ会合が始まったら「それじゃ嫌だ」「自分は勤めているから重い役職はできない」「あたしはパソコンができないから」「俺は高齢者でもう免許を手放した」などなど「自分が抽選で町内会長になるのはできない」とか「運動会実行委員だけはカンベンしてもらいたい」と注文がたくさんついて・・・さあ困ったことになりました。

私の勤めた前前職日系製造業の会社では、こんな個人のワガママは絶対に聞いてもらえませんでした。「組織で個人の都合など関係あるか!バカ!」みたいに一蹴です。
前職外資系IT会社では、個人の都合を上司は聞いて多少は考慮もしてくれましたが、結局は「いろいろ検討したけどアンタしかやる人が居ないんだ。頼むね!」となりました。

だから町内会でもみんなやりたくない人ばかりなのから、結局抽選で公平に決めて、決まった人は諦めてやる・・・こんな具合に進むだろうと「お気の毒になぁ・・・」ともうすぐ任期終わりの私は高見の見物しておりましたら・・・

抽選ではなくて、話し合いで決める!という流れになってきました。このまま「できません」と主張している人が抽選によって機械的に「できないけど、やるしか道が無い」みたいな理不尽な結果になりたくない!と何人もが言い出したからです。特に上述のリタイアメント世代の方々の顔が険しいです。

それから長い長い話し合いになりました。町内会の会合は今回ばかりでなく、いつももっと早く決められるだろうことを、あーでもない、こーでもない、と話ばかりしてるのがいつも。さらに話題が脱線しておよそ関係ないところに進んでしまい、司会役の役員が「まあ、そういう話はまたあとですることにして・・・」と軌道修正することがしばしばです。この日の役員決めも、自分がいかに日々の暮らしに精一杯なのか、そういう話ばっかりの井戸端会議へと発展していきました。

ただ、時間が経つとともに、今期の町内会長や役員が「何とか決めてよ!」と説得を試みたり、「やってみたら意外と、こんなあたしでも一年できたのよぉ」とか「案ずるよりやってみたらけっこう楽しかった」など時期役員候補を持ち上げるような雰囲気になってきたところで「じゃあ町内会長はムリだけど副会長なら」と、立候補する人が出てきました。こういう人はまだ若い現役世代の方々。さすがに若いと機転が利きます。早く次善策に立候補した方が勝ち!と戦術を決めたのでしょう。逃げ遅れたのはリタイアメント世代の方々。

「アホやなぁ、こうなったら早く立候補しなさいよぉ」「ほらほら○○さん、何も立候補しないと町内会長になっちゃうやない」などと私の隣の人は小声でモヤモヤを語っています。でも高齢者の○○さんは困った顔して座っているだけです。

そうしたら「じゃあ、あたしはこの役なら引き受けてもいいけど、町内会長は絶対ムリだから」とか、激しい主張合戦の様相になってきました。「あたしも困るから・・・」と○○さんも反撃。「まあまあ、そう言わないで・・・」という今期役員で今まで大人しかった人も発言し出すなど、いよいよ会合に火がついて燃え上ってまいりました。

結局、ほぼ全員が何かしゃべり、最後にはたぶん話し合いの流れを納得したのか。「じゃあ、そういうことなら・・・」と『たぶんあの人がなるだろうなぁ』と私が予想していた人が町内会長を引き受けることになりました。

実にめでたしめでたしの結果です。

結局他薦や諦めもあったけど、全員が話し合いで議論を繰り広げて、長い長い時間がかかったけど自分が拾った役割を納得して決めることができた。こんな具合に事が運べたのは、今まで私がバカにしていた井戸端会議方式で会合が進んだからだと思いました。

少なくとも私の勤めた会社ではこんな事は無かったことです。
上司から「オマエやれ!わかったな」 本人は「チェッ・・・クソッ・・・」みたいなことばっかりでしたが、今回の町内会役員人事はこうではありませんでした。

それに、こういう長い長い「あーでもない、こーでもない」が許される話し合いは、たぶん出席している人が満足するとか、楽しめるものではないか?と改めてそんな気しました。

ふつうは、どうでみんな会合なんて迷惑だから「早く切り上げよう」となりますが、早く切り上げるための「要点だけの会議」は、会議自体がちっとも面白くありません。一見無駄話に聞こえる話をすることも許され、たまにはグチを吐くことも許容され、会合そのものが「なんだか楽しい」みたいにできる可能性がある「井戸端会議」は、私は非効率でダメな存在ではなくて「上手な井戸端会議のやり方」もあるのではないか?と思い始めています。

オマケに・・・
町内会はボランティア活動の一種ですが、

“みんなやりたくないのに、参加しなければならないボランティア”というヘンな部類です。
退屈で仕方ないけど、就職を有利にするために進学するようなことと似ているかもしれないです。

そんな気持ちで進学した学校が全然楽しく無かったら授業サボってしまうのと同じように、町内会の会合が退屈そのものだったら、誰が町内会というボランティアやるでしょうか。
こんなことを考えていたら、私が昔、高校時代に、どうやったらクラブ活動に下級生がもっと出席してもらえるようにできるか・・・と考えあぐねた時のことを思い出しました。

リタイアメントになると、子供時代に経験したことや考えたことがヒントになる場合があります。

ただ、私の町内会役員任期があと2か月で終わりになることを思うと、やっと肩の荷が降りる気分です。時期役員の方々、ホンマご苦労さまですねぇ・・・。
タグ:井戸端会議

SponsoredLink

posted by 大庭夏男 at 13:58| Comment(0) | TrackBack(0) | リタイア後の生活 | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

セミリタイアメント大庭夏男の正月風景

うっかりしていたら、またいつもの正月が来てしまった。。
そんな気分の正月です。

私は正月が昔から好きではありません。
幼少の頃、正月は両親が普段着る服ではない着物なんか着込んで、よそよそしくあらたまった態度で不自然感が三が日中続いたし、いつも観ているテレビ番組はやっていないし、プラモデル屋も店を閉めているし、凧揚げ行くと近所のいじめっ子が幅きかせているし・・・なので正月が嫌いでした。

もうすぐ足掛け60歳に手が届きそうな今でもその余波はぬぐいきれません。
「正月は○○○せねばならない!」こんな不文律が家に染みついているからです。

1.三が日は朝8時までに起きて居間まで来なければならない
なぜなら、正月は「雑煮を食べる」という行事をしなけれなならない、という不文律があるからです。雑煮自体は私は嫌いではありません。今から35年前に東京から関西に移住してから、白みその雑煮が標準仕様となり、それまでのおすましの雑煮に比べ味と食感が私にフィットしたもんだから、妻は必ず「あんたの要望だから・・・」と正月は雑煮の三が日としてしまいました。雑煮は餅を希望個数鍋に入れて煮なければならないから、起床時間にばらつきがあると「困るから!!」8時キッカリに居間のテーブルに着席して、雑煮の完成を待っていなければならない。元旦はこの行事のおかげで寝不足で、頭ぼーっとしていました。

2.元旦は掃除してはいけない
私は掃除が基本好きです。拭き掃除はあまり熱心ではないけど、掃除機掛けはたいへん好みで「掃除機もの」と呼ばれても構わないぐらいですが、元旦だけは妻が掃除を許してくれません。理由は掃除をすると福を掃き出すから・・・と言います。私は「いやいや掃き出すんじゃないから!掃除機に『吸い取る』んだから、福を吸い寄せるんだよ」と反論を展開するのでしたが、これがまた新年早々妻には「言い訳!」と写ったらしく、逆鱗です。

3.年賀状が来る
私はいつも年賀状のやりとりがしっくり来ないので、今年は「後出し年賀状」にしようと、まだ一通も年賀状を書いていません。
なぜしっくり来ないのか・・・
年賀状はだいたいの人は年末に書き上げ、投函するから、多くの年賀状は元旦に届いてしまいます。「ご部沙汰しています。お元気ですか。」の挨拶と共に。
私もこの年末投函組に混じって年賀状を書くとやっぱり「ご部沙汰しています。お元気ですか。」と書いてしまうから、お互いに「お元気ですか」と尋ねっ放しで「はい元気にしてますよ」と応えることができないから、何だか「独り言の言い合いのような年賀状だなぁ」と思っていました。だから今年から来た年賀状を読んで、それに対して応えを書こうと思っていました。
ただ、以前は「お元気ですか」とかに混じって「頑張って○○続けています」とか「新年はスキー場にいます」という元気な調子が多かったのですが、今年来た年賀状には「なんとかやってます」とか「いつもどおりが幸せだと思うようになりました」みたいにちょっとトーンダウンした傾向があるみたいで・・・これから後出し年賀状で返事書きます。

4.福袋を買いに走らなければならない
「正月は福袋を買うに決まってる!!」
これが大庭夏男の妻の「常識」であり、子どももそれに同調し、しかたなく買いに走るのは大庭夏男の係でした。なにしろ正月二日は福袋解禁日にもかかわらず妻のデパ地下食品販売の仕事はこの日が新年初日のオープンだから「福袋を買うのは常識」でありながら自分は現場に行けないので、リタイアした夫の私が走るのは当然、という仕組みが近年すっかり定着して久しいのです。
でも今年は私の子が代走してくれました。
私も後からついて走りましたが、さすがに福袋激戦区の現場は殺気立っていました。近所で一緒に町内会役員をやっている奥様が見えましたが、やはり旦那に檄を飛ばし、手には既に二つの福袋を確保しておられました。丁寧に新年のご挨拶する雰囲気ではありません。その奥様も私などが近くにいることなどまったく気づいていないのでしょう。やはり福袋現場は私には合いません。


その他に、正月ぐらい家族団らんしなければならない、というのもありまして、元旦私はいつものように「パソコンの前に座る」という、心安らぐ日常を行うことに躊躇していました。が、今日は二日、妻はデパ地下の仕事にでかけ、福袋買いも済み、子どもは二人とも外出し、というか一人は早々と東京に帰り、自宅には私と犬の二人だけになり、やっといつもの「パソコンの前」という日常が帰って来て、心の底からほっと一息入れております。

きっと私はこの「ひとりでパソコンの前」というのが性に合っているのです。
今年もたぶんいろいろな人に会って町内会とかボランティアとかの「セミリタイア活動」をしますが、ゼッタイに週に何日かは「ひとりでパソコンの前」というのを外さないようにしなければと思いました。
これがきっと一年の計になると思います。
タグ:正月

SponsoredLink

posted by 大庭夏男 at 14:00| Comment(0) | TrackBack(0) | リタイア後の生活 | 更新情報をチェックする

2016年12月28日

ぬるま湯生活リタイアメントはボケる!認知症に一番近い人

認知症になりやすい人は、食うに困らず、忙しくもなく、毎日ゆったり暮らしている老人らしいです。それって「俺?」じゃないのかね??

私が持つ東京の自宅近所に住む「友人」は69歳だそうですが、見た目は58歳の私と同等かヘタすると私より若く見られるかもしれないし、頭脳も冴えていて、話をしていても「あー」とか「えーと・・・」みたいな“もの忘れはじめの老人”がする特徴的話し方がありません。きっと他人からは50歳代だとみられるでしょう。

彼はリタイアメントではありません。でも現在は会社員でもなく、今までにも会社の従業員だった経験もなくて、彼のビジネス経歴は、彼のはなしによると、たこ焼き焼いて売るとか、水商売店を数軒束ねるような、小っちゃい会社の取締役総務部長をいくつか経験し、現在は士業と塾の講師をしている個人事業主?だということです。

その友人と先週、近くの24時間やっている居酒屋ナントカ水産に行き、ホッピーセットで飲んだので、
「なんでアンタはそんなように実際の歳よりかなり若く見えるのか?」と雑談の中で尋ねたところ・・・
「俺はひとから『何とかならないか』と言われた問題や課題を、責任感じながら、考えながらやっているからじゃねぇか」
というのが彼のこたえでした。

彼の抱える問題や課題とは・・・
たとえば、保育園を認可保育園にしたいんだけど役所が首を縦に振らない、だから何とかしてくれ、と顧客に相談持ちかけられたとか、国語は成績いいのに、どう教えても算数問題の呑み込みが悪い子を、なんとか進学校に行かせたい、とかいう親の切実な要求とか、そういう「誰かに無理やり突っ込まれた仕事」だと言います。

「そういう難問?を抱えて、毎日解決法を探したり考えたりしているから俺の脳がボケないんだろう」というのが彼の見解で、彼自身も「自分は同年代の他人よりかなり若い」と自信をもっているようなのです。

そういう話を私は「ふーん・・・」と、そのときは聞いていて、でも半分忘れた頃、今日の朝にスマホで寝起きに記事を読んでいたら、似たようなことが書いてあるのを見つけました。
↓↓↓
認知症になりやすい人はどんな人? Mocosuku(もこすく)記事へのリンク

高所得な人は趣味がいろいろできて刺激が多く、低所得者は「とにかく収入を!」と働くから刺激になって認知症が起きにくいけど「中流」が両方無いから一番あぶない!らしいのです。

この記事と上述東京の友人が話したことを組み合わせると・・・
サラリーマン生活のおかげで退職金も厚生年金も含めて「そこそこ生活できるお金を持っているリタイアした人」が「認知症に一番近い人」??なのではなかろうか、という仮説が立てられそうです。

上述私の友人はサラリーマン経験が無く、60歳や65歳は単なる通過点で引退したわけでもなく、士業と塾講師をずーっとやっているから、私と同程度の中流生活者でも「若い」です。

が一方で私自身の場合は、ずっとこれより「認知症に近い人」です。

なにしろ私は「好きな事」しかやらない主義だし、衣食住の基本的生活は終生できる年金プラスお金はあり、めんどうな事は大嫌いな性格だからリンク先記事に書いてある「外界の刺激少なく食うに困らず忙しくもない暮らし」という認知症キケン因子を持ち合わせてしまっていることになっているはずです。私はきっと「認知症に近い人」の資格ありありです。

これは「何とヤバイことに気づいた!ことでしょう」

そう思って、
じゃあ「ひとから『何とかならないか』と無理やり突っ込まれた問題や課題を、責任感じながら、考えながらやる」仕事は、再就職してやりたくない仕事する以外に何があるだろうか?
と想像してみると、あの「町内会」ってヤツが、両手を広げて、ウチへいらっしゃい!ご近所の困りごとや役所からの無茶でタダ働きな要請事の宝庫!町内会へいらっしゃい、と言っているのが見えるようです。

ここに足を突っ込むのは気が進まないなぁ。

年末年始の考え事は、
「認知症に近い人」という多分現実のヤバさをいかに克服していくか?の対策について、がテーマになりそうです。

SponsoredLink

posted by 大庭夏男 at 15:01| Comment(2) | TrackBack(0) | リタイア後の生活 | 更新情報をチェックする


大庭夏男の著作


アーリーリタイヤを果たすためには、会社員時代に極力稼げる働き方をすることが大事です。力を発揮できる部署、給料の上がる職種、スキルが磨ける新しい職場、そのような新天地に単身赴任してでも異動することは利点があります。しかし単身赴任にはデメリットもつきもの。筆者が9年間経験した単身赴任のノウハウをまとめました。

<PHP研究所が内容紹介するページへのリンク>

紙の本につきましては品切れのため、電子書籍のみ購入いただけます。

大庭夏男のeBook


リタイヤメントのための知的生活

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


セミリタイヤになるために

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


サラリーマンからリタイヤする手順(実践編 その2) ~リタイヤ志願者がするシミュレーションとは~

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


サラリーマンからリタイヤする手順(実践編 その1) ~いくらあったらリタイヤできる?~

by 大庭夏男 【350 yen】
forkN


サラリーマンからリタイヤする手順

by 大庭夏男 【無料図書】
forkN