2018年04月29日

やりたいことは1人で、やれることは受動で、

このブログを書き始めてほぼほぼ8年の月日が流れて、次第にアーリーリタイア専科から離れた話題になりつつあえいますが、私ももう60直前に育ち?そうなるともはやアーリーリタイアメントが似合わなくなる頃です。
なので、過去8年間と今を比べて「やりたいことは1人で、やれることは受動で・・・」だったなぁ、と思う、そういうのを記事化しました。

憧れの?会社に新入社員として初就職した頃から「積極的に・・・」とか「自主的に・・・」などという言葉を慕って長い間、会社生活を過ごし、将来の夢?を追いかけようとしていましたが、最近「やり方間違った!」って事実が目の前にそそり立ちました。

以前のやり方は「やりたい事を大勢でしよう」でしたが、これは完璧に間違いでして、今まで「大勢で」ばっかり考えていたので、私のやりたいことは必ず頓挫しました。まさに100発百中の頓挫と言ってもいいでしょう。
ここで「大勢で」とは会社のプロジェクトとか、リタイアしてからのボラ活(ボランティア活動)もそうです。全部頓挫です。でも頓挫と思っているのはもしかしたら私一人で、他の人々は「こんなもんでエエんや」と考えて「うまく行った!」って思っているのかもしれないです。だけど大勢でやることは必ず自分のやりたいように出来ません。必ず軌道修正があり、目標未到達で終わってしまい、だから私は全然満足できない結果ったから「ありゃ頓挫だった」としか思えないわけです。

特にヒドイのが、私が提案し、私がリーダー役で事に当たったモノは惨たんたる結果でした。私は間違いなく思い込みが激しいタイプで、その思い込み通りに事が進まないとなりません。だから・・・この先いろいろ書きましたが、自分で読んでもくどいので消しましたが、結論したのは「やりたい事は自分一人でやるに限る!」です。

自分一人で事に当たれば、今スグにでも思った通りの事が、少し進みます。今やろうと思ったけど「ま、やっぱり明日からにしようか」と思えばたちどころに軌道修正できるし「コレ作るのやめて、アレを作ることにしよう!」という決心は自分で勝手にいつでも自由にできますから、結果がどうあれ自業自得で、ポジティブ思考?であれば「これでいいのだ!」式に満足できるという寸法です。

だから「やりたい事は、絶対服従の忠誠を誓った仲間?がいる場合は別にして、一人でやるべきだ」だと思いました。

ただ、もうひとつできるのは「受け身」です。
コイツは万事を事の流れに任せて、誰か別の、できれば人格者を盾にして、他人のふんどし80%利用するような、便乗的な事です。
自分自身は特に最初の間は決して積極的行動に出ず、一貫して周囲の誘いを聞き、yesともnoとも言わない曖昧な相槌に徹して「それをやるには・・・」と条件の事ばかり言っています。そのうち機が熟す頃になぜかいつも推進役者が出現し「やってくれないか!」のとなって来る場合がたまにあります。これが到来するのをひたすら待つという作戦です。

「それをやるには・・・」と無理難題をふっかけるわけでなくて、内心前向きなのですが、最初それに興味が薄くても、そいつを考えている間にだんだん自分もやりたくなって来ることもあるし、そんなやりとりをしている間に誰か自分ではない「誰か」が旗振り役になって、他の誰かに言って、いつの間にか「大波」になって「あなたコレやってくれないか!」と来ることが稀にあります。

そこでそいつが「まあ、コレだったらやるの嫌じゃないから、やってもいいかな」と思えたら「じゃ、やってもいいデス」と返事するわけです。
すでにそいつは「出来たらいいな!」と何人もの人が思っているような「大波」になっているから、その大波にしばらく乗って、サーフィンのようにしばらくは進んで行ける!そんな確率は高いです。

でもしばらく時間が経過すると、その活動もだんだん最初の勢いから落ちるのが世の常というやつだから、もし自分一人でもやって行ける程度の、縮小版バックアップ策を用意した方がいいと思うけど、世の中捨てる神あれば拾う神もあるもんで、1人か2人のシンパができる稀有な可能性が残っています。

こういう受身形で何かやるには「自分がやりたい事」なんていう野望はとても障害になって、どうせ自分のやりたいように出来ないことは間違いなくそうなるから、自分がやりたい事じゃなくて、自分がやれそうなこと、それに、それをやるのが嫌ではないこと、この条件で待っていると向こうから話題がやって来ることがたまにあります。

でもいつも一人でいると、こんな「向こうから話題がやって来ること」が無いですから、ベツに嫌でもないような、まあ何というか井戸端会議みたいなゲンバに片足突っ込んでいるのが「待ちの姿勢」として推奨されると思われます。



タグ:ボラ活

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posted by 大庭夏男 at 12:16| Comment(4) | 好きなこと探し | 更新情報をチェックする

2018年04月13日

これからボラ活しようと思う定年退職者へ。タダでそいつは続かない

定年退職後の余暇時間は社会に貢献するボランティアこそ崇高だ!と、にわかにボラ活(ボランティア活動する、あるいはボランティア活動に加わろうとする準備活動のこと)に勤しむ方も少なくないだろうと思います。

が、以前にも書きましたが、定年退職後のボランティア活動に熱心になるあまり、家庭が崩壊する場合だってあるのが現実ってことも頭に入れておかなければなりません。
家族は社会貢献に尽力するお父さんを、必ずしも歓迎しません。

問題は、ボランティア活動が手弁当(無報酬で働くこと)だということに起因するのは間違いありません。ただし家族も様々ですからボラを始めたら必ず家庭がうまくいかなくなると決まったわけではありません。“うまくいかなくなる場合があるとしたら、そいつは無報酬でお父さんが頻繁に出かけていく”ことが原因する。こう見ていいと思います。

しかしボランティア活動には無報酬ならではの楽しさがあります。
なぜなら「無報酬は気楽だ!」と断言できます。
報酬受け取っているならば、もし活動を欠席したら他から怒られるか報酬カットになりますが、無報酬の手弁当活動ならブツブツ言われることがあってもカットされる報酬なんか元々ありません。文句言われて嫌になったらその活動から足洗っても痛くもかゆくもない。そういう気楽さが手弁当ボランティアなのです。ただし町内会活動など一部の“全員参加”ボランティアには「無報酬なら気楽なもんだ」の法則が当てはまらないところもありますので、これはもう・・・どうしようもありません。

無報酬には2つの問題があります。

ひとつは文字通り報酬が無い。稼げないわけです。
しかし世のボランティア活動の多くはこのスタイルでやっているもんだから、家族も含めて「やってみたら何も稼げないんだ!」なんて分かる人はいないハズ。みんな「これは無報酬の社会貢献なんだから」という覚悟で始めるし、家族も「まあ、会社を引退したんだから、しゃぁないか」と最初は思うわけです。

ところが稼げないお仕事にお父さんが没頭し始めるのを歓迎しない家族が少ないとは言えません。
「せっかく会社辞めて家に帰って来たんだから、タダ働きはほどほどにしてもっと家族サービスしてよ」な雰囲気にだんだん家庭内雰囲気がシフトしていく可能性は低くないと見積もっておいた方がいいと思います。

そういう私はかつて「タダで働くことなんか、誰にでもできるわよ!」と妻に大声で言われたことがあります、と、当ブログにも書きました。
いかに社会貢献という崇高さがあっても、やはりタダ働きでは家族は黙って鑑賞していられない。これはあります。

もう一つの問題は、タダ働きよりもっと厄介です。
タダ働きは単に儲けが無い、ということですが、家計費を持ち出してしまう、ということもボランティアには付き纏います。なにも家のお金をあからさまに持って出るというのではなくて、知らず知らずのうちにけっこう使っちゃう!ということです。

例えば交通費、ちょっとバスに乗り電車に乗りして一回活動に参加するだけで千円が無くなります。毎週週末にこれをやったら一か月に4千円、年に4万8千円も家計を持ち出すことになりましょう。それに加えて電話もかけるかも。日本のボラはけっこう高齢者が支えている・・・のはいいんだけど、メールにLINE、せっかくの無料情報交換ツールが使えません「電話でお願いします!」という方々多いです。だから電話代嵩みます。などなど年にすると10万円規模の家計持ち出しが出てしまう・・・と、これが家族には納得できないわけです。こういう事実が見える化されると“正当性のある”「お父さんもうボランティアなんか、いい加減やめて!ただでさえウチはもう年金だけが収入なんだからね!」の大合唱になるというあんばいです。

一旦「ダダ働きの家計持ち出し」が露見されてしまうと、もう家族は納得できません。

だから、私は無償のボランティアというのを基本にするのではなくて、でも専門に商売やっているわけじゃないからマトモな給料払えるわけでもないので、家計持ち出しを少しでも減らせる分ぐらいの「活動費」を年にいっぺん渡すようにボラ団体は努力すべきだろうと思います。

努力といっても専門に商売やっているわけじゃないから、ちょっと物品販売に取り組むとか、自治体から助成金受けられるように努力して申請書書いて提出するとか、ダメ元で活動寄付金集める努力するとか・・・です。それに参加する側も持ち出しが少なくなるような選択をすべきでしょう。バスに乗って電車に乗って出かけるようなボラではなくて、歩くか自転車で行けるボラにするとか。電話は相手からかけさせるように仕向ける努力とか。

ボラ団体は満足なお金は参加者に渡せません。
助成金などで多少支払えたとしても、メンバーが受け取れるのは時給にして100円とか。。
でも、これで家計の持ち出しはある程度防ぐことはできます。

そうなれば家族の反対運動が起こっても「手弁当には違いないけど、プラマイゼロぐらいでちゃんとやれている! 俺は退職後に努力して外に働く場所を作ったんだ! それを辞めろなんて言わないで暖かく見守ってくれ! お願いだから・・・」と懇願する言い訳にはできるでしょう。

そうはいうものの、実際に活動費を少しでも支給します!なんていうボラ団体は少ないと思うので・・・
対策は、
1.自宅から歩いてでも通えるところでやっているボラ団体を選ぶ
「そんなこと言ったって、俺の趣味の〇〇やってる団体は近所にないよ」って叫ぶ声聞こえそうですが、好きな趣味のボラを探すという発想をかえて、雰囲気良さそうなボラ団体探す、にしたらどうかと思います。趣味じゃなくても雰囲気良ければ楽しく続けられるってもんです。

2.自分でボラ団体はじめる
誰か他の人が大将やってる団体は、なかなか収入得る活動や助成金申請に動かんでしょう。中には無償奉仕こそ最高に崇高だ!と信仰している大将もいます。
だから自分でボラ団体を始めて、自分がぜんぶドライブできる立場に立った方が事が思う方向に進み易いと思います。
私はコレやります。
タグ:ボラ活

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posted by 大庭夏男 at 15:55| Comment(0) | リタイア後の生活 | 更新情報をチェックする

2018年04月02日

毎日が日曜日が「ふつうの日」について

「毎日が日曜日」という小説がありまして、30年ぐらい前にそれを読みまして、結局サラリーマンってハッピーリタイアメント後も今までの会社に引きずられるのか?と、いずれ自分もそうなるだろう示唆を与えられたような気がしました。

この示唆は私の場合には当てはまりませんでしたが「毎日が日曜日」というタイトルだけはそれに近く当てはまりましたが、ピッタリかといえばそうでもなく「毎日が夏休み」がよりピッタリすると思います。日曜日は1日しか続かないから一種特別な日ですが、夏休みは長いから最初の一週間が過ぎればもう「ふつうの日」になってしまうところが会社リタイア後ととても似ています。

最近とてもそういうように思うようになりました。
「ふつうの日」になってしまうと、毎日の生活が珍しくなくなってしまいます。

リタイア初心者の頃は、街に出るのは緊張しましたし、近所の散歩もひと目が気になりました。家に夫婦でいると妻と口喧嘩する頻度が増えましたが・・・
最近そういうことは「ふつうの日常」になってしまって、とりたててブログ記事にするような事でもない気分になってしまい、記事に起こしたくなるような珍しい体験がグッと減ってしまったような気がします。

これはもう私自身がリタイアメントということが「ふつう化」してしまったことだと感じます。だからほぼ毎日「今日はとくに書くこと見つからなかったから、まあブログはひとまず明日にしよう・・・」になり、という具合。そろそろこのテーマでのブログも限界かなって感じがします。

最近、我が家に起きた変化といえば、町内会を抜けたことぐらいです。

町内会は脱会する人が五月雨式に続いていて「うちはどうしようか」と妻とはなしもしましたが、あと1,2年このまま残留していたら1年おきに役員の当番が回ってきそう・・・と“将来を悲観して”抜ける決心をしました。
町内会抜けることはべつに大してそこまで決心が要ることでもなく、今年の当番役員の人に妻が「あの・・・家庭の都合で町内会抜けますけど・・・」と曖昧な理由を伝えただけで「あ、そうですか。ではそのように手続きします」で済んでしまいました。ただ、私は一昨年初めて本格的に町内会の当番役員をやってみて、近所にママ友がたくさん増えたのが楽しかったので、そこを抜けるのにちょっと残念感があります。でも町内会の組織には構造的問題というか、必要もないのに旧態依然の縦社会だし、それを一部でも変えようとしたら他から悪く言われるから変えられないのが実情なので、逃げ遅れにならない「今のうち」にこっそり抜けておくのがいいんじゃないか、と思いました。

これでせっかく顔見知りのママ友とも縁遠くなりまして、残念感もありますが、先月に確定申告のために東京の自宅(私は相続した別宅が東京にあります)に行ったついでに、40年ぶりで高校の同級生に会いに行ってみました。たまたまその人がお店を開いたのを年賀状で知ったので、40年ぶりで訪ねるのは緊張したけどお店に行ってみました。

その人は女性でして、最後に同窓会で会った歳に40年プラスしたら、もうかなり変わってしまったのかと想像したら、多少は変わったけど髪型も輪郭もほぼほぼ変わらずでした。さらに彼女が友人同級生にLINEして急遽来てくれたもう一人の女性同級生もほぼほぼ変わらず姿で、しかも以前よりグッと会話上手になっていて、とても楽しかったので、次は身内同窓会で飲むことにしてLINEを交換してきました。

なので関西のご近所で減るママ友を東京方面で補えるかもしれません。

なんかこう・・・
どうも私は一念発起して「さあ!これをやるぞ!」などと企てて主体的にやるより、たまたま降って湧いてきたことにぶら下がっていく方がうまくいくタイプみたいです。受け身に徹して面白そうな事が天から降ってきたときに、それに乗っかっていく事の方が楽しいです。リタイア初級者の頃は自発的に、を心掛けていましたが、果報は寝て待て式の方が私に限ってはうまくいきます。たぶんこれはリタイアメントにしか出来ないことではないでしょうか。

それにやっぱり・・・
人づきあいもいいんだけど、自分1人になれる時間が不足すると私はどうもいけないです。これは前々から分かっていたけど、最近身に染みてそう実感しました。
家族もご近所のママ友も含めて、そういう人達は実際に私にとってありがたい存在だけど、どうしても部屋に「引きこもる時間」が私には欠かせません。半月ぐらい前から忙しくて、ほぼ毎日誰かに会わなくちゃならなくて、しかも妻はほぼ毎日家にいて、私と一緒にいるとイライラするとか機嫌が悪いし、何だかたった2週間ぐらいなのに人疲れしてしまいました。でも今日からしばらく妻は仕事に毎日出かけるし、他人に会う予定もあんまり入っていないので、しばらくは思う存分「部屋にひきこもり」の暮らしができます。

こういうのが「毎日が夏休み」というか、もっとサラリーマン的にしっくりする表現をするなら「毎日が日曜日」なのだろうと私は思いました。
そういう毎日が「ふつうの毎日」になっちゃったんです。

リタイアした後は暮らしが激変するのは事実なんだけど、大きな変化は「毎日行っていた会社に行かなくなる」ということなので、コイツはリタイアする以前から分かっている大変化です。では変化の後はというと、以前自分が会社に就職する前の学生時代の、しかも勉強していない休みの日の生活スタイルに近づくこと・・・

これをデフォルトのリタイアメント生活スタイルと思っておけば、あながち大きく間違えないんじゃないのかなぁ。。

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posted by 大庭夏男 at 11:58| Comment(0) | リタイア後の生活 | 更新情報をチェックする


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